男 異世界人は身勝手だ③

 春人はとても怒っていた。



「ちくしょう。お前等いったい何様なんだよ。勝手に人を呼び出しておいて、勝手に落胆してるんじゃねーよ。お前等の都合なんてこっちには何も関係ない。いますぐ、俺を元の世界に戻してくれよっ。」


 その怒りに勇者達が反応する。

 勇者達は自分達の存在価値が下がった事を理由に、もっと評価の低い人物が欲しかった。

 そこまでは目論見通りだが、異世界人に反抗されるとそれは違う。


「黙れよ凡人。俺達は交渉がしたいんだ。異世界人がお前と同列だとは思われたくない。」


「それは剛と同感だわ。嫌ならこの場所から消えてよね。」


 

 春人は、勇者二人の意見を無視し、最初に声を上げたルキウス聖皇に近づいていく。

 おそらくルキウスが一番発言力のある人間だと、これまでのやり取りから考察していた。

 


 ルキウスの方も力の無い勇者の行動に、自らの足を前に進めた。


 普通であれば、王に近づく者などは例外なく捕らえられる。


 しかし、ルキウスの気性の粗さと春人の安全性を考慮し、幹部や騎士達は動かなかった。


 ルキウスは自分の威厳を力で示すタイプの人間だ。

 聖皇は弱者である春人を獲物とし、他の勇者達に見せつけようとしている。

 それが分からないものはこの場にはいない。

 むしろ、叱責される役目を力の無い勇者に任せ安心しきっていた。


 歩みを進めながら春人が吼える。


「せっかく人が早期リタイアを達成したのにっ。百歩譲ってお前等の都合は受け入れたとして、俺達をてめーらの都合で縛りつけるのは止めろ。ふざけるなっ。俺はお前等の為に生きるんじゃない。自分の幸せの為に好きなように生きる。」


 ルキウスが額に青筋を立て春人に凄んだ。


「誰に向かって言っている?」


 春人は、目の前に迫った大柄なルキウスに全く怯まない。


「お前だよ。糞野郎っ。」



 春人の暴言がルキウスに向けられたものであると確信し、ルキウスは春人の胸ぐらを掴んだ。


「なんなのだ。あっ? 聖皇様に向かってその不遜な態度が許されると思ってい――」


 春人がルキウスの腕と、手に持つメイスを掴んだその時だった。


 ルキウスの法衣と国宝級のメイスが消える。



 ここはルルシア聖皇国。

 この国で最も威厳のある尊い者はルキウス聖皇。


 しかし、現在、ルキウスはパンツだけの姿を要人達の前で晒している。


 それを見て春人が吹き出していた。


「ぶははっ。裸の王様じゃねーか。」


  ひんやりした空気にルキウスが、下を向くと羽織っていたはずの法衣どころか、インナーも着てはいない。急いで両手で毛深い胸を隠していた。


「ひや~~。」



 ルキウスは得体の知れないその力に怯み、部屋の奥に逃げ出していた。


 そして、走りながら騎士達に向かって命を下す。


 

「そっ……その者を捕らえよ。その者はもう勇者ではない。逆賊だ。」


 

 春人も、その言葉を受け走り出す。


 もうどうしようもない。


 自分が異世界に来てしまった事は事実で、戻れない事も分かった。


 自分にはここで戦う力はない。


 逆賊とされてしまったのなら、逃げるしかない。


 春人は、店員うららとのすれ違いざまにそのリュックを放り投げた。


「あんたとは2度と会う事はないだろう。だが、金を払ってないからそれは返す。」


 


 春人は先程、がっかりされた事でうららの事も見損なっている。

 綺麗な少女として目の保養にしていた事も後悔する程に。

 常連としての積み上げた信用が一気に失われた気分だった。


 だから、言ってやりたかったのだ。


 こっちの方から、お前とは一切関わらないのだと。


 


 逃げる春人は騎士達に腕を掴まれるが、騎士達の武器や鎧が次々と消えてしまう。

 走りながら暴れる春人は、騎士に突き飛ばされると、壁にぶつかり、巨大なお城自体が消えてしまった。あったはずのお城が消え大地が剥き出しなってしまった。


 聖皇国の幹部や騎士団達。王宮で働く全ての者達がその嘘みたいな出来事に混乱していた。これは何者かによる攻撃なのか、何が起きているのかまったく理解出来ない。


 王宮から逃げ出す春人以外は、ただ、呆然と立ち尽くしていた。



 その沈黙に、うららがいち早く行動した。

 うららは近くにいた騎士から槍を奪うと遅れて春人の後を追っていた。


 この世界でうららが頼れるのは、おそらく春人しかいない。

 言葉は交わさなかったが、信用はあるはずだとも思っていた。


 先程、うららは春人から目を反らしたわけでは無い。

 ただ単に落ち込んで視線を落としただけだった。

 だから、春人がそれを勘違いし怒っている事も知らない。

 しかし、これまでの流れで春人が唯一まともな人間である事は分かっていた。

 他の勇者のように理不尽に順応するわけでもなく、否定し抗った勇気のある人間。


 求められる勇者としての立場より、自分の生き方を貫きたいという意思にはとても考えさせられた。







 一方、王宮の外にある大きな門の前では、消えたその城を見て呆然と立ち尽くす少女がいた。

 しばらくすると、奇妙な服装をした男が、外に向かって走り抜けていく。


 男は森のある方角に走って行った。


 少女はそれを追跡する。


「……王女様。まさかとは思いますが。」


「あの者には何かあるの。もちろん追い掛けるの。」





この日、ルルシア聖皇国 アゴラ王国 アクロポリス王国の三国は、和泉いずみ春人はるとの鑑定結果だけを見て持たざる者と侮り、巨大なお城を一瞬で消失させる程の大きな力を見逃してしまった。



そして、持たざる王女がまたひとりここにいる。



ただひとつだけ、彼女が他の三国の王達と違った所は

春人を見て、何かを感じ取れたかどうか。



その僅かな差が彼等の命運を分ける事となる。

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