第16話 次期皇帝

 今、ウルフはザオ王朝の西に隣接するフリージア国に来ている。定期的に各国を視察することも次期皇帝の重要な役割なのだが、今回、フリージアに来ているのは、執政官ギルドからの執拗な申し出があったからに他ならない。


 フリージア国はザオ王朝を古くから支える大国でありながら、近年は特に虐げられていた。というのもフリージア歴代国王は、執政官を務めるザンバル国と敵対してきたためだ。

 

 正に水と油の関係といえるザオ王朝設立以来の政敵である。


 ザンバル国は、ザオ王朝、皇帝を中心に圧倒的武力を以てこの世界を治めることを支持してきた。そもそも世界は武力でのみ統制がとれるのであり、公平とか対話などは偽善に過ぎないと考えている。

 一方のフリージアはリベラル派。皇帝を中心とするものの、全ての国が自主独立したうえで共存共栄を目指そうと言っている。


 近年、ザオ王朝は強権政治を主としながらも、フリージア国の要望も聞き入れ、ある程度の独立主権は認めていた。

 この世界は、実情は皇帝の思い通りに動いているが、形式的に皇帝を中心とした共和国制をとり、一応、有力国と言われる国々が集まり政治が行われている体裁をとっている。

 この、ザオ王朝のバランス感覚が優れているともいえよう。なぜなら、重い税を課しながら、ザオ王朝に対する不平不満があまり大きなものにはなっていない。

 その一方で、その責任の所在はザンバル国であるという認識が大勢を占めている。そこが、執政官ギルドの面白くないところでもあったといえる。


 皇帝としてもフリージア国は重要な国と位置付けており、蔑ろにはしない。

 この大陸で一番肥沃な土地を持ち、国を愛する国民と屈強な兵士が多いからであった。万一、フリージア国が反旗を翻せば、世界中の国が追随するかもしれないという僅かながらの不安が皇帝にはあったようである。

 

 さらには、フリージア国とザンバル国という対立があればこそ、この世界をうまく治めることが出来るのであって、各国の不満を分散させる意味でも重要だと考えている。

 もっとも、フリージア国が自ら望んでザオ王朝を攻めることは絶対にない。平和を愛し、皇帝を奉り、この世を乱世から守ることが使命だと歴代国王は受け継いで来ているのだ。


 フリージア国が執政官ギルドに疎まれるのは別の理由もある。

 

 皇帝以外に貢物を出さない珍しい国であったからだと言える。つまり、次期皇帝となるウルフや、執政官のギルドに対しては何ら媚びていないのであって、それが大国であるフリージアの誇りだと言えるだろう。

 であるからして、多くの国々にとってはフリージア国にこそ次期執政官を任せたいと思っていたようであり、ザンバル国のような悪政を排除してほしいと願っているのである。


 フリージア国は過去に五人の生贄を出してきた。皇帝が代わるたびに、粛々とそれを受入れてきた。命令に逆らうことを考えなかったこともないが、平和な世を継続させること、民を愛しているからこその決断であり、万一、反旗はんきひるがえせば民はみな殺しにされるということを知っているからでもある。


 そして・・・・・


 フリージア城にいるウルフの元に一人の男が入って来た。


 ルーク・マイヤーである。


「ウルフ様。ギルド執政官よりフリージアの不穏な報告を受けております。」


「ああ。ギルドが俺のところにも言ってきた。あいつのフリージア嫌いにも程がある。」


「しかし、私も今のうちに叩いておいたほうが良いかと思うのですが。」


「ルーク、お前までどういうことだ。」


「議会の中で、次の執政官をフリージア国王にしようという妙な動きがあります。」


「何!?執政官はずっとザンバル国王が勤める要職・・・。ギルドが許すはずないだろう。」


「はい。叔父も焦っているのかもしれません。」


「そうだった。お前の姉はギルドの第一婦人だったな。」


「・・・・・それは、皇帝様のご命令ですので。」(薄汚い豚め!)

 ルークは姉がギルドと政略結婚したことを恨んでいた。幼少より仲が良く、快活な姉であったが、ギルドと結婚した後に病気になり、寝込むことが多くなっていたのだ。


「しかし、ギルドも気の小さいやつよ。フリージアを叩くといってもな・・・ところで、お前の恋人はフリージアの王女だったはず。本当にいいのか?」


「はい。私はウルフ様にお仕えする身。どうぞご自由になさってください。」


「ほーう。お前は変わらないな。ははははは・・・・」


「ありがとうございます・・・・・・」


 ルークはウルフとともに成長してきた親友である。ウルフが皇帝となるべく教育を受けてきたが、一緒に学び、一緒に遊んだ気の置けない唯一の親友といえる。ルークの一族、マイヤー家はザオ王朝誕生時からの名家であり、歴代皇帝とも縁戚関係えんせきかんけいにある。 


 ルークとしても先祖が皇帝に仕えてきたように、当然にウルフに仕え続ける覚悟であり、将来ウルフが皇帝となった折には、ギルドを差し置いて自ら執政官の立場になろうという野心さえ持っていた。ウルフもそんなルークが頼もしくもあり、安心して任せられると考えていたようである。



 翌日、ウルフの元へルーク自ら小さな老人を引き連れてきた。


「ウルフ様、この者が、見たこともない剣を持っておりました。」


「おお、ルーク。待ちわびたわ。」


 ひき連れてこられているのはフリージア王家の老人である。ウルフはルークから受け取った剣を手に取り、さやから抜くと一瞬で心を奪われた。

 姿かたちが美しいだけでなく、剣そのものが生き物であるかのように息遣いが聞こえてくる。

 刃の部分は幾重にも重なった層が浮き出ており、相当に鍛えられていることが分かる。剣から発せられる七色の光が重なりあい、周りを明るく照らしてもいる。

 ウルフはその剣を無性に試したくなった。


「この剣はどこで手に入れたのだ?」ウルフの太い声が周囲を氷らせる。


「む、息子の形見です。東の島、大和国のものだと言っていました。」


「何、大和国?どのくらい切れるか試してみよう。」とその剣を抜くと、間髪入れずに剣を振り抜いた。


 しばらく間をおいて老人の首が真下に落ちた。


 ウルフにとって、これまで経験したことがない、まったくの抵抗を感じない一振りであった。


「・・・素晴らしい。」


 そう言うと、刀をまじまじと見たが、何の傷もできていない。


 そして他に斬るものはないかと周りを物色しだした。その餌食になりたくないと言わんばかりに護衛兵達は目を伏せている。


 やがて、部屋をうろうろと廻っていたウルフが老人の亡き骸を見ながら思い出したようにつぶやいた。


「・・・この国の王を連れてこい!」


 自分の力を見せつける絶好の機会であり、自分に対する敬意を測れると確信しているのである。こういう時は必ずといっていいほど、その国の王を呼び出す。ウルフは自分が中心であり、自分以外はすべて下道、虫以下と思っているのである。何か気に食わないことが起こり、腹の底に巣くう鬼が暴れ出すと、そこにもう理性はない。とにかく誰も手が付けられない。ウルフ自身さえも、腹の鬼が落ち着くのを待つしかない。


 その鬼が落ち着く方法は一つ。

 

 それは、人を徹底的に言葉でいたぶることでる。自分が一番であることを自他ともに確認することがウルフの大好物なのだ。

 自分が発する言葉に酔い、さらにその言葉によって、相手が怖がれば怖がるほど快楽が包み込む。何かにつけて相手が嫌がる、痛いところを突き、攻撃することが、愉悦を増幅させていくのである。そして、そのいたぶる相手が王であればその味が特に素晴らしいということを髪の毛までが覚えている。それがウルフの癖ともいえる。


 ウルフが発する言葉は、たとえそれが間違っていたとしても、それが事実となって世の中に記憶されていく。冤罪えんざいによって殺されていったものは少なくない。そのような惨劇をルークや護衛兵達は何度も見聞きしてきた。

 但し、この世界のなかでも最大に大きいフリージア国、その国王を呼び出しているのであって、まさか事を起こそうとは思ってもいないだろうが、ウルフである。何が起こっても不思議ではない。


 間もなくして、フリージア国王がウルフの前に連れてこられた。


「ウルフ様、何かございましたでしょうか。」


 その声は国王としての風格があり潔い。ウルフは国王の姿を見て一応の満足を得ているようである。しかしここからが本当の楽しみとばかりに、老人の屍を指さしながら目で笑っている。


「この老人が、東の果ての大和国の剣を持っていた。この国は勝手に交易をし、武器を調達しているのか。」

 ウルフの太い声が、国王を試している。次に何を言おうかと算段し、押し寄せてくるであろう快楽を待っている。


 一方、周りの兵たちは違う心配をしているのである。国王の返答がまずい言葉であったなら、つまりウルフの酔いを覚ます言葉であったなら命すら危ういことを、その場にいる全員が理解しているのだ。


「いえ、ウルフさま。私共フリージア国は勝手に交易などいたしません。この者が単独で、大和国で何かと交換したのではと思いますが。」国王は若干苦しそうに答えたが、回答は的を得ており、言葉通り老人の息子が何かと交換したのであろう。全くもって国王には落ち度がないということを言い終えた。これでこの場から逃れることができるとみな思ったに違いない。


 少しの沈黙があった。どうなるのか皆が固唾をのんで待っていた。


「つまり、勝手に交易をしたことをお前は見逃していたということだな。」


 ウルフの声は既に怒っている。その声を聞いてルークは天を仰いだ。


 ウルフは想定通りの愉悦が押し寄せてこないことが我慢できない。ウルフにとっては支配国の国王ごときが自分に意見を言うことはあり得ないのである。

 素直に「申し訳ございません。わかりません。」と言えば、まだ助かったかもしれない。

 フリージア国王の余りにも強い心と、体中から湧き出ている自分にはない風格が許せなかった。自分に対する怖れと忠誠を見せれば命までもとることは無かった。


 フリージア国王はその場で首を切られた。


 そして、ウルフは改めてその剣をもう一度嘗め回すように見た。


「・・・・・素晴らしい。この剣は本当に素晴らしい。」


 軽く振ったはずの剣が、何の抵抗もなく首を切り落としていた。フリージア国の国王を一瞬にして斬ったという事実が体中の細胞を喜ばせている。ようやく悦に入っているようである。


 ルークは一応、ウルフに聞いてみた。

「ウルフさま、フリージアの民が反乱するかもしれません。」


 ウルフはまだ快楽の途中である。

「させておこう。そうすれば我が国が更に大きくなるではないか。はははははは・・」


 ウルフは絶頂の余韻に浸っており、考えることを放棄している。

「素晴らしい。この剣は・・・・本当に素晴らしい。」


 ようやく腹の鬼たちが落ち着いてきたようである。部屋にいる兵達は完全に震え上がっている。

 城内にウルフの野太い異様な笑い声が響き渡ると、その異変を感じてか、周りを囲んでいる護衛兵を掻き分け、王女アメリが走り込んできた。


「・・・お父さま!!」


 亡き父の姿を見るなり、体の横にある首を抱きかかえ、ウルフを睨みつけた。


「なんだ、お前は。・・・俺に歯向かうのか。」

 ウルフとしても、娘の気持ちが分からないでもないが、それもまた、自らの快楽の道具に過ぎない。


 アメリは何も言わず唇を噛んだ。こうなった時の対処は我慢することであり、一番に民のことを考えて動かなければならないということを日頃から父に教え込まれている。

 

 さすがにルークも自分の恋人だけは殺すなよと目でウルフに訴えた。


「お前の父親は、ここの老人が無断で交易し、武器を得ていたのを見逃した罪で処刑した。はははははは・・」というと、最高の快楽に満足したという顔で部屋を出て行った。

 アメリは心の中で叫んでいた。「この世界を変えてやる!」そして、静かに立ち上がると、抱き抱えていた父の首を床に転がした。


 見かねてルークが静かに囁いた。


「大丈夫か・・・」


「大丈夫よ・・・」アメリは血まみれになったドレスのままルークに抱きついた。


 このフリージア国王が粛清されたことを聞いたギルドは、自分が思い描いた想像を超える結末に歓声を上げた。そして三日三晩、ザオ王朝のあらゆる官僚を呼び祝宴をあげた。

 政敵とも言えるフリージア国が粛清され、ザオ王朝における確固たる地位を築いたことを、この世界に認知させたことが嬉しかったのだ。

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