第13話 土国

 大和国の北に位置する土国は肥沃ひよくな平地が広がっている。

 

 主に穀物を作り、同盟国へ主食となる米を供給している。もちろん、大和国や海国でも作物は作られてはいるが、山間部であるがゆえに小さな畑で効率も悪く、大量には作れないという欠点があった。

 土国の課題は、毎年のように水不足に悩んでいることである。大きな川がないことが理由であり、雨に頼るしかないことから、国中に複数の溜池を作り暑い夏をしのいでいた。


 王子であるケイイチの朝は、日の出より早い。そして土国の民もまたケイイチと同じく早く起き、作物の育ち具合を見て回るのが日課である。水不足の田畑があれば、溜池の水を運んではその手で撒いている。そのせいか、土国の民はみな我慢強く、力持ちでもある。

 また、日ごろから鎌を使い、草や穀物を刈ることから鎌の使い方は上手い。つまりは戦いとなればそれで狗魔族とわたりあっているのだ。


 狗魔族も食料を得るためには土国の村を襲撃することが一番効率がよく、収穫期の後に襲撃すると見返りも大きいことから、秋から冬にかけて増加するのだ。

 狙われている村は無いか、そして、既にやられた村はないか。何も被害がないことを確認し、安心したいがためにケイイチの朝は早いのである。


 ケイイチが朝の見回りから城に帰ると、タダジイが樽を持って城にやって来ていた。


「タダジイ!!できたのか?」ケイイチにとってタダジイは生まれた時からの家族である。


「おお。ケイイチさま。お帰りなさいませ。今日も何事もございませんでしたか?」

タダジイにとってもケイイチは孫のような存在であり、かわいくて仕方がない。


「ああ。今日のところはな。明日は西の方を見てくるよ。」


「気をつけてください。狗どもめは毎年この時期に来よりますからな。」


「ん。分かってる!」と言いながら、剣と弓を棚に納め、柄杓で甕から水を汲み一気に飲み干した。


 そこに土国王が奥から現れた。王は、とにかく体が大きい。


「タダジイ。やっと来たな!!おお。ケイイチも帰ったかご苦労さん!」


「王様、今年はなかなか良い酒ができましたぞ。」と自慢げに言うと、横にある樽をポンポンと叩いた。

 

 土国の酒は、蒸した米にこうじを加え、大きな樽で発酵させた後に大和国で作られた紙で何度も濾過した無色透明の酒である。

 早速に王は手に持っている木のコップをタダジイに差し出すと、タダジイも待ってましたとばかりに柄杓で王の器になみなみと注いだ。


 王は、大きな鼻でコップから醸し出る匂いを嗅いだが、よく分からないとばかりにそれをグイグイと一気に飲み干した。


「おお。ん。これはうまい。もう一杯くれ。」と言って、同じ動作を繰り返すと、今度はケイイチにコップを渡そうとした。


「お前も飲んでみるか!?」


「・・・私は結構です。」ケイイチは酒が苦手である。タダジイもそれは知っていて、笑いながらケイイチをからかった。

「ははははは・・・ケイイチさま。この酒は最高ですぞ。」


 二人の子ども扱いに少し苛ついた。(意地でも飲んでやる。)


 そして、王のコップを奪い取り、そのまま樽に突っ込むと直接一すくいした。


 口まで運ぶのに若干勇気がいったようであるが、そのまま一気に飲み干した。(・・・・・やっぱり無理。)やはり酒は無理とケイイチ自身が再確認した。


 コップを王に返すや否やフラフラと外に出て行ったが、そのまま中庭にある木陰に倒れ込んでしまった。


「酒が苦手なのはお妃さまの子ですな。」

 タダジイは懐かしくも悲しそうにつぶやいた。


「ああ。あいつが逝ってもう十年になる。寂しいのう・・・。」

 王は亡くした妃を偲びながら、もう一杯とタダジイの顔面に空の器を差し出しだすと、すぐさまタダジイも柄杓で注ぎ足した。


「ん。これはうまいぞ!」王の大きな声がまた響いた。


「しかし、ケイイチさまは逞しく育ちましたな!」


「ああ。申し分ない。本当によく頑張っているよ。あいつにも見せたかったな。」


「言うことなしですな。」タダジイの目にも微かに涙がにじんでいる。


「朝も早くから見回りをし、民からも慕われておる。有難いことだ。あと酒が飲めて、結婚でもしてくれたら最高なのだが、そっちは全くダメじゃからな。ワシと正反対じゃ。ははははは・・。」

 また大きな高笑いが城内にこだましている。王は既に良い気分になってきているようだ。


「この酒もまた、王朝へ献上ですかな。」更に一杯、王のコップに注ぎ足しながら、無念そうな声で樽を見つめていた。


「まあまあ。よくできた酒は飲んでしまおう。ははははは・・・。」

 また、高笑いが土国城に響いている。


 その時、数名の土国兵が王の前に走り込んできた。


「大変です。狗魔族に村を襲われました。西の外れの村です。」


 王は、またかというように舌打ちすると、手にあったコップをタダジイに渡した。

「みなを集めろ。すぐに出発する。」王は戦の用意をはじめている。


 タダジイも渡されたコップに酒が残っているのを確認すると、一気に口へ流し込み、横に置いてあった剣を腰に付けた。

 ケイイチは木陰で完全に眠っているのだが、それを見た兵は諦めつつも念のために聞いてみた。

「王様、・・・ケイイチさまも連れていかれますか?」


 兵が尋ねるや否や「あいつは今日は使い物にならんわ。ははははは・・。」再び高笑いが響いたのであった。



 

 土国の城に出陣を合図する銅鑼どらの音が鳴った。


 四方を土壁で囲った土国城の門が開くと、王はタダジイを含めて五十騎ほどの兵を連れて出ていった。

 半日ほど西進すると煙がいくつも立ち上がっているのが見える。足を怪我した子供がとぼとぼとこちらへ逃げてきているのを確認すると、王は馬を走らせ子供のところで止まった。


「大丈夫か!?」王の目は怒っている。


 子供は足から血を流し、背中をザックリと斬られている。王は追いついた兵に治療をするよう指示を出した。

 子供は安心したようにそこに座り込んだが煙の方を指さして呟いた。


「まだみんなあそこにいるの。助けて・・」


「くそ~!狗どもめ!全員突撃だ~!!」


 王は一気に攻めようと手綱を引いて馬の首を村に向けて走り出した。


 村は完全に戦闘状態の真っただ中にあった。近くの村からも土国の民が加勢し、五十人程が鎌を武器に戦っている。狗魔族はというと、数百人はいる。しかし、戦っていない狗魔族も奥のほうにいて、家々から穀物を集めている最中であった。


 そして、その狗魔族を指揮しているのは全身を赤や黒に染めているエビルである。


 想定以上に狗魔族の数が多いことに王は驚いたが、時すでに遅いと覚悟を決め一気に馬を駆けて最前線に出た。そして、腰にある剣を片手に狗魔族どもを蹴散らしていった。


「ここは土国の村である。狗ども帰れ!」


「は~!?お前は何様のつもりだ?」


「わしは土国の王。狗どもめ、すぐに帰れ!」


「お・お・王が来たぞ!またエビル様の赤い刺青が増えるわ。はははは・・・」


 王は次々と剣を走らせ、狗魔族を撃退していったものの、多勢に無勢、土国の兵も民も徐々に人数を減らしていった。

 そして、ついに、王を中心に数名の兵が完全に取り囲まれる状態となってしまった。

 その様子を遠くから見ていたエビルが笑っている。そして、すべての兵に集まるよう地獄の角笛を鳴らしたのである。


 盗みに集中していた狗魔族も、その音を聞いて何事が起ったのかが分からぬままエビルを見たが、エビルが指指している方を見るなり、瞬時に状況を理解した様子で一気に走り出し、王を囲む戦闘に合流した。


 王を中心に黒い輪が幾重にも重なり、正に絶体絶命の状況となってしまった。

 狗魔族は周りから輪の中に次々と槍を突き込み、王を守る兵たちも次々と倒れていく。狗魔族はみな尖った歯を見せながら殺しを心から楽しんでいるようである。


 徐々に王を囲む輪が小さくなり、ついに王とタダジイを残すのみとなった。


 二人とも両腕を槍で突かれ剣を持つこともできない状態となってしまった。そこで、二回目の地獄の音が鳴った。 


 狗魔族の攻撃が止まり一瞬で静寂な村に変わる。


 黒い輪の一点が開くと、奥からエビルが近づいてきた。


 エビルの顔は黒と赤が複雑に染め上げられ以前にも増して異様さを増している。


「これは、これは、土国の王。こんな辺境の村まで来るとは立派だな。」


 野太い声が響くと、周りの狗魔族が奇声を上げた。しばらく続いた奇声を止めろとばかりにエビルが鋭く右手を上げると再び静寂が訪れた。


「エビル。こんなことが神から許されるはずがない。すぐに帰れ。」


「神だと・・・ははははは」

 エビルが笑い出すと、囲む狗魔族たちも、一斉に笑い出したのである。エビルは今度もその笑い声を右手で止めた。


「ここはもう俺の土地、俺達の国にすることにした。」


「何をばかな。ここは土国である!」王は毅然とエビルを睨んで叫んだ。


 が、しかし、既に王もタダジイもその手に武器はない。丸腰の状態であり負け犬の遠吠えにしか聞こえない。


「ははははは・・・・俺は、ここに、狗魔国いぬまこくを創る!」


 エビルの叫びが村中を覆うと、囲む狗魔族がけたたましい地獄の声で呼応した。そして、エビルは腰につけている剣を抜いた。


 その時、タダジイが決死の覚悟でエビルに飛び掛かかろうとしたが、すぐに周りの狗魔族に取り押さえられた。そして、そのまま槍で突き殺されようとした瞬間、エビルがそれを止めた。


「殺すな!・・・・そこに座らせろ。」というと狗魔族達は不服そうに指示に従った。


「勇気のあるじじいよ!せめてお前に土国王の最後を見せてやろう。」


 そう言って、そのまま王に近づき、勢いよく王の胸に剣を突き刺した。


 両膝から崩れた王は無言のままエビルを睨んでいる。エビルは笑いながら王の顔面に右足を充て、刺した剣を引き抜き、今度は真後ろへ回ると、剣を真横に振りかざし首を跳ね飛ばした。


 瞬間的に静まり返った村に、再び奇声がこだますと、狗魔族はまたそれぞれに盗みに走り出していた。


 タダジイは、子供のころから親しくしてきた王の死を受け入れられない。最後の気力を振り絞り、落ちている鎌を拾うとエビルへ突進していったのである。


「エビル!ゆるさん!!」


 エビルにあと一歩で触れるという近さまでたどり着いた時、黒い狗魔族の槍がその胸を貫いた。エビルは振り返ることもなく神輿に乗り込んでいった。


 土国王が殺されたという事実は大陸を治めるザオ王朝にまで聞こえることになるが、小国のいざこざなど問題視されることはなかった。


 この土国の西の果てを拠点に、狗魔族の勢力が更に拡大していくこととなる。


 噂を聞きつけたはぐれ者の他に、大陸からも次々と兵が集まり、遂にその数は数千人を超え、狗魔国が誕生したといっても過言ではなかった。

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