第8話 海国の戦い

 レイが大好きな場所、夕陽が見える王宮のテラスには波と風の音が聞こえている。


 静かな海辺のいつもの風景のようである。


 しかし、海国の民の姿が浜辺にはない。民はすべて王宮内の建物の中に入っていた。

 兵たちは王宮の周りを囲む崖の上で狗魔族が攻めてくるのを待ち構えている。老人や子供以外は岩や崖に囲まれた王宮前広場に陣取り、各々に剣や弓、船の櫂を持っている。


 海国の王宮は長い浜辺の一番東側に位置し、周囲には自然の断崖や岩がとり囲み、侵入するのは簡単ではない。

 その中心にある岩の上に木を組んだ大きな船のような王宮を構えているのだが、西側だけは何も遮るものがなく通路のようになっている。そこから侵入されるとこの城は丸裸であるとともに、どこにも逃げることが出来ない。

 つまり、絶対に西側から侵入を許してはならないのであって、船という船を積み上げ、西側通路に応急の城壁を築いていた。


 時々鳴らされる狗魔族の地獄の音が、もう其処まで近づいていることが分かる。建物内にいる小さな子供や老人たちは、誰も声を発せないほどに怯え、悲壮感すら漂っていた。

 

 やがて、夜となった。

 王宮から見える長い砂浜に無数の松明が揺れ、奇声が聞こえてきた。狗魔族が到着したという報せが王宮内に告げられると、レイは浜辺が一望できるテラスへ上がり、大きな目を見開き、覚悟を決めて叫んだ。


「海国の民よ。聞いてください!私たちはこの地で生まれ、この地で育ち、この地を守り抜いてきた。そして、これからも、この地で生き続けます!海国の民よ!狗魔族を絶対に許してはなりません!どうか私に力を貸してください!!」


 テラスの上で松明を持つ右腕を振り上げると、兵たちからそれぞれに合図がレイに寄せられる。あるものは槍を高く持ち上げ、あるものは胸に拳をぶつけ、あるものは首を垂れて忠誠を誓っている。


 これまで誰も聞いたことがないレイの凄まじい叫び声が王宮に響いた。


「絶対に勝つぞ!!」


 王宮の兵の興奮も最高潮に達した。浜辺に海国の猛者たちの声が鳴り響いている。

「おうーーー。」


 遂に決戦の火ぶたがきられた。


 狗魔族の進軍の角笛が鳴り響き、黒い塊が怒涛の如く幾重にも重なり合って攻めてきた。狗魔族も弓矢をかいくぐり統率のとれた攻撃である。崖の壁には目もくれず、船で組んだ壁に火を付け、石で出来た斧などで打ち破ろうとしている。

 破られるのは時間の問題であろうが、海国の弓矢も雨のように射られ、狗魔族も死は逃れられない。

 押し寄せる黒い波が引き、また押し寄せるという攻防が何度か続いたが、いよいよ壁となっていた船が燃え落ち、中心にある王宮が丸見えとなってきている。


 ここで、遠くから見ていたエビルが大きな神輿に乗って徐々に近寄って来た。周りにはエビルを守る狗魔族が数百人取り囲んでいる。


「あの王宮は我々がいただく。中の物は早い者勝ちだ。全員で攻め入れ!」

 野太い声に呼応し、狗魔族達の奇声がこだました。

「いくぜー!」「ひゃっほー!」


 エビルの神輿のみ残し、大きな黒い波が燃え尽きた壁から一気に侵入しようとしていた。


 海国の兵も懸命に耐えていた。一心不乱に堪えていた。


 だが、更に新しい大きな波が一気に押し寄せたとき、小さな堰が破れ一気に水が流れ込むかのように黒い塊が王宮内の広場へ流入してきた。この流れはもう誰にも止められない勢いとなって充満していく。生き残っている海国の兵や民たちも、遂に王宮の建物内に逃げ込むしかなかった。


 そして、最後の望みを神に祈るのみであった。


 その様子を遠くから見ていたエビルもようやく安心したかのように、笑みを浮かべている。

「これで海国は俺のものだ。よし、進め!」と神輿を担ぐ奴隷に鞭をひとつ入れた。


 満月が水面を照らし、エビルの完璧なまでの勝利を祝福しているかのように感じられた。

 しかし、神輿がしばらく動いた時、王宮近くの丘の上に無数の松明が現れた。エビルを祝福しているはずの月の光は大和国と山国の旗を照らしている。子供達の報せを聞いて、援軍が到着したのである。その数、おおよそ千人。

 

 先頭に陣取るセイラの声が浜辺に響き渡った。

「海国を助ける!!いくぞーーー!!!」

「おうーーー」大援軍はそこに留まることなく一気に王宮西側の壁めがけて攻め下っていった。

 セイラの両脇を固めるのはエンヒコとヒロト。山国を従えて来たのはリュウである。エンヒコは力任せに敵を次々と斬り砕いていく。日頃の鎮魂の儀で誓った仇を、渾身の力で果たしていく。


 ヒロトは身動きが早く、綺麗に槍をかいくぐると、的確に敵の腕や胴に剣を走らせていた。ヒロトの剣は痛みを感じないほどによく斬れる。狗魔族も斬られたことをすぐには理解せず、次の動作に移ろうとすると手や足、胴が分離している。


 一方のリュウは、西側の岩に登ると、長い髪をなびかせながら次々とこれ以上にない速さで矢を射った。そして、今にも王宮建物内に入ろうとしていた狗魔族をことごとく射抜いていった。

 

 王宮内の浜辺にいた狗魔族は完全に混乱していた。今度は自分達が大和国や山国の兵を入れないように王宮の広場を守ることになっているのであって、王宮建物内から出てきた海国の兵からも攻撃を受け、完全に挟み撃ちの状態となっていたのである。


 エビルにとっては全く想定していない突然の攻撃であった。


 自分を守る味方は全て岩で囲まれた王宮前広場に攻め込んでおり、今、ここを守るものは一人も残っていないのである。


「なぜだ?なぜだーー!!!!」


 思い通りにいかない強い怒りが全身を駆け巡り、怒りを通り越した絶叫が浜辺の波を飲み込んでいた。

 持っていた鞭で神輿の下の奴隷を何度も叩くと、痛みを耐えきれない神輿は大きく後ろに傾いた。そして、神輿を蹴り降りると、もと来た浜辺を西へと走り逃げていくしかなかった。


 一方、援軍を得た海国の兵たちは、俄然力を取り戻し、一気呵成に狗魔族の殲滅にかかった。王の仇、妃の仇、そしてカイトの仇、仲間の仇を討つため、決死の思いで戦った。ついに、生き残った狗魔族も最後は冷たい海の中へと逃げていくしかない。


 どれほどの時間がたっただろう。周りが明るくなりかけたころ、海国は多くの犠牲を払いながらも戦いを終結させた。死傷者は五百人を超える。


 しかし、国は残った。海国を守り切ったという安堵と喜びが王宮を包んでいた。


 やがて、朝日が昇り、王宮に陽光が射しこんでいた。


 

 王宮テラスに新女王レイがたたずんでいる。

 そこへ、セイラがやって来た。

 

 あの弱々しく大人しいレイはもういない。強く猛々しい海国女王の顔をしている。


「レイさま。我々は国へ戻ります。」セイラの言葉に我を取り戻した。


 レイはその場で天を仰ぎ溢れる涙を堪えようとしなかった。そして、右手で涙を拭うとセイラに深々と頭を下げた。


「ありがとうございました。この国を守ることができました。でも、父、母、兄を亡くしました。」


「レイ女王。お力を落としませぬよう・・・」


そんなセイラに気丈にもレイは笑顔で応えた。


「でも、大丈夫。しっかりと国を立て直します。オオツキさまにそうお伝えください。」


「レイ女王。・・・・」


「でも、お願いがひとつだけあります。・・・・・エビルだけは絶対に許しません。」


「はい。」


「みなさまの力をお貸しください。お願いします。」


 レイの頬を再び熱い涙が流れていた。その両手をセイラは固く握り、エビルを倒すということを固く誓うのであった。

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