第7話 王家の血

 長い苦しい夜が明けていた。


「レイさま、レイさま。王さまとお妃さま、そして、カイトさままでもが・・・」


 扉の向こう側から従者達がむせび泣く声が聞こえてくる。


「レイさま、今、あなたが王です。どうか指示を出してください。レイさま!」


 レイは思っていた。

 海国の兵達は次々と勝手なことを言ってくる。

 その都度、私の心を傷つけていく。そんな言葉は求めてもいなければ、わざわざ言いに来てほしくもない。


 地獄の音が定期的に鳴り出して、確実に狗魔族が近づいていることは分かる。今夜にも攻めてくるだろうと聞いたが、それだけのことである。

 

 ただ閉じ籠ったまま時が過ぎていくだけである。


 これまで、母の深い愛情のなかで、外の世界を知ることもなく生きてきたレイにとって、今為すべきことなど分かるはずもない。今は恐怖と寂しさ、悲しさのみが交互に訪れ、涙がとめどなく流れていくだけである。


 扉の向こう側から一方的に聞かされることを理解はしていた。海国の戦える兵や民はおおよそ千人程。敵の狗魔族は近づく松明の数からすると同程度。厳しい戦いになることは想像できた。


(戦えるはずないじゃない。お母さん帰ってきてよ・・・)


 一番居てほしいときに居ない母への思いが胸を締め付ける。


 やがて、太陽の光が部屋に差し込み、レイの身体を徐々に温めだしたころ、違う感情が生まれてきていた。

 それは「悔い」である。さっきまで流れていた涙は既に枯れている。もし自分がしっかりと意見を出していれば、母の出発を止めることが出来たのではないか。マイクが飛び込んできた時にもカイトに落ち着くように言えたのではないか。

 父、母、兄までも殺されたという心の痛みと寂しさを感じつつも、「悔い」だけが支配している。


 やがて、もうひとつの感情が湧き出してくるのである。


 それは、「怒り」である。

 徐々に苦しさや寂しさ、悔しさを抑え込み、レイの全身を駆け巡っている圧倒的な「怒り」である。


(お父さん、お母さん、カイトの仇を絶対に討つ。狗を許さない!そして海国を守る!!)


 これは自分にしか聞こえていない心の声である。その言葉が意味する決死の戦いがこれから始まるという恐怖も押し寄せてはいるが、頭の中は極めて冷静になっていた。王家の血が遂に覚醒しているのが自分でも分かっていた。


 開き直ったかのように立ち上がると、来ていたドレスを脱ぎ棄てた。真っ白な素肌に似合わぬ戦闘服に着替えると扉を開けた。

 泣き枯れ、集まっている護衛兵は今まで見たこともないレイの勇ましい姿に驚いている。


「何を嘆いても仕方がないこと。防御を固める他に手はない。持ちこたえれば、何とかなる。すべての民を王宮内に入れて西側に壁をつくりましょう。」


 兵たちへの言葉か、自分へ言い聞かせる言葉なのかは分からない小さな声であるが、迷いの無い、はっきりとした口調である。


 新女王の命令に海国の兵たちは一斉に動き出した。

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