第4話 鎮魂の儀

 収穫期を迎える秋の穏やかな日、天空殿には赤や黄色に染まった葉がヒラヒラと舞い落ちてくる。他の季節も捨てがたいが、セイラが一番好きな景色だ。

 

 天空殿中央にある広場から、ヒロトが北の方向を指さし、セイラに何かを話していた。やがて、話が終わったのか二人はそれぞれに動き出した。

 セイラは天空殿奥屋敷へと急いだ。ヒロトはさっき指さしていた方向へと走っていった。



 さっき、指さしていた方向には、灰色の煙が複数天高く伸びている。


 狗魔族に襲われた悲しみの狼煙のろしとも言える。


 抵抗した男や、老人は殺され、服従した者は奴隷となるため狗魔族に連れていかれたようだ。

 

 近年、村々を襲う鬼畜、狗魔族が台頭たいとうし、ありとあらゆるもの、民の命までも奪っていく。


 狗魔族は領地を持たず、常に移動する部族であり、村を襲いながらかてを得る。いわゆる宿主をどんどん変えて成長していく寄生虫ともいえる。


 首領を頂点として、部下が奴隷を持ち、その奴隷がまた奴隷を持つという具合にその勢力は日ごとに拡大していた。


 狗魔族はけものの皮をまとい、歯を自ら削り、鋭く尖らせている。正に獣の類である。顔や体は黒い刺青いれずみを入れているが、殺した人数でその刺青が増えていく習わしで、何人も殺したことがある輩ほど真っ黒に染まっているのである。


 また、自分たちの利の為なら人を陥れるという謀略に長け、多くの民がその餌食となってきた。



 襲われた村では、エンヒコが、亡き骸を一列にならべ、これから行う儀式の準備をしていた。

 一人ひとりの額に朱を塗りながら言葉をかけているが、死者の声を代弁するがごとく、こみ上げる怒りを抑えられないのである。


「なんとも、こんな小さな赤子まで殺すとは、狗どもめ、絶対に許さぬ。仇は絶対にとってやるからな。」と自分自身に言い聞かせている。


 しばらくして、村へ通ずる道をヒロトが駆けてきた。


「お父さん。セイラ姫が来るよ。」


「ああ。いま準備が整ったところだ。」


 エンヒコは遠くに駆けてくるセイラを見つけると、申し訳なさそうに右手を上げた。

 

 大和国では亡き骸を朱で塗り、魂を鎮め、神に返すという『鎮魂ちんこん』を執り行う。その儀式を行うのは女王の役割であったが、近年はオオツキの代わりにセイラが行っている。


 秋の優しい日差しが差し込み、トンボが舞うあぜ道をセイラが走って来た。顔を赤らめ、荒い息づかいのままエンヒコの前で立ち止まり、大きく深呼吸をした。


「はあ。はあ。・・・・・エンヒコ。・・・ご苦労さま。」


「セイラさま、申し訳ございません。十四人も死んでしまいました。どうか、魂を沈めてください。・・・お願いします。」


 エンヒコはかすれた声で言うと、死者が並ぶ方を指さした。


「・・・わかりました。」


 セイラは小さく頷くと、赤い麻糸で編んだ髪を纏めなおし、息を整え、ゆっくりと歩いていった。


「こんな小さな・・・・・・」青い瞳から大粒の涙が流れた。


 セイラは持ってきた袋から小さな鉄瓶を出すと、その栓を抜いた。そして、一人ひとりの亡き骸の口に、浄めた水を湿らせながら『鎮魂の儀』を、静かに、静かに、進めていった。


「オオカミサマ・ハライタマエ・キヨメタマエ・・・・」

 

 祈りが続く中、徐々に14名の死者は赤いオーラに包まれていく。そして、ゆっくりと垂直に起き上がると、セイラを見つめて何かを言いたそうである。が、その声は聞こえない。



「みなさん。安らかに。」


 セイラの青い目が、涙と怒りで真っ赤に染まっている。


 死者達は小さく頷き、微笑みながらそのまま地下へと静かに沈むように消えていった。


 セイラは両手で涙を拭うと、振り返った。


「エンヒコ。皆を守りたい。何か策は無いのでしょうか?」


「何か考えます。狗どもの思い通りにはさせてはなりません。」


「もう私たちだけの問題ではありません。島の力を結集しましょう!」


「分かりました。それぞれの国へ連絡を取ります。」

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