第19話 秘密結社と少年と後宮の魔女達 19

 後から聞いたことだが、源氏物語は全五十四帖が現存するらしい。

五十四帖にはそれぞれ<夕顔>とか<須磨>とか、僕でも知っているような巻名が付いている。

なんでも<輝く日の宮>は、巻の一<桐壺(きりつぼ)>と巻の二<帚木(ははきぎ)>の間に書かれたはずである失なわれた巻らしい。

<桐壺>から<帚木>に読み進むとストーリーが飛んじゃってるんだろうね。

なんでも光源氏とパパの後妻である藤壺が最初にエッチした場面が書いてあるらしい。

三島さんも、まあスキャンダラスなゴシップが大好きな女子高生だってこったな。

 光源氏が節操のないヤリチンだってことは古文が大嫌いな僕だって知っている。

だけど継母にまで手を出すとはゲスにも程があるだろう。

光源氏って言う平安時代のチャラ男は、なんか精神病理学的に重大な問題を抱えたボンボンだったに違いないよ。

三島さんによれば藤壺は後に光源氏の子供まで産むと言うのだから驚きだ。

おんなじ不倫にしたって秋吉のママがごく真っ当に思えてしまうくらいだよ。

 源氏物語っていう世界最古の長編小説だけど、そいつはなんだか宮廷ロマンと言うよりはね。

結局は僕が見損なった荒畑お勧めの人妻ロマンポルノの類に思えてきたのも無理はないだろ?

僕は三島さんの熱い思いに触れても感動できなかったし、先輩みたいに感心もできなかった。

だけど文学性よりも下世話な部分に妙なリアリティを感じて胸糞が悪くなった僕ってどうだろ。

きっと僕は古典文学を鑑賞する素養には決定的に欠けちゃってるんだろうね。

もしや『これが下衆の無教養ってやつか!』と清々しい気分になったものさ。

 とは言うものの、ちょっと不安になって橘さんや秋吉の様子も伺ってみたりはしたよ。

すると二人とも僕と同じように面食らったまま顔を見合わせているじゃないか。

それで僕は合点したね。

僕みたいな輩が実は真っ当な現代日本人なんだってさ。

橘さんと秋吉は下衆でも無教養でもないからね。

合点して僕の気持ちはますます爽やかになったもんだ。

 この件に関して総括するならだよ。

「てめえ、さしずめインテリだな!」

ってフーテンの寅さんにののしってもらえるのは、僕や橘さんや秋吉じゃない。

寅さんは不倫なんて心の底から軽蔑するだろうからね。

寅さんに鼻で笑われる文学的教養人は、先輩と三島さんだってことさ。


 「少し脱線してしまいましたが、わたくしにはそうした来歴もあります。

申し遅れましたが、わたくし、藤原紀子という者です。

どうぞよろしくお願いいたします」

「すると、藤原さんのお歳は軽く見積もっても千歳を超えてるってことですか?」

僕は肘鉄コンボの腹いせにごく素朴な八つ当たりをかましてみる。

「初対面の乙女に向かっていきなり歳の話をなさるとは失礼な方ですわね!」

シスター藤原はことさら可愛いく見えることを知っているのだろう。

プッと頬を膨らませる。

“あきれたがーるず”を見慣れているこちとらとしてはね。

あざとさが鼻について、気持ち悪いと言うよりは、そのあまりの痛ましさで目を背けたよ。

ぶりっ子芸としては三流以下としか思えなかった。

萩原さんとヒッピー梶原も大仰に天を仰いで肩をすくめている。

もうなんだか好きにしてくれと言う感じがありありだった。

オヤジギャグで滑りまくる部長には、ほとほとウンザリという次長と課長みたいだよ?

何のことはない、シスター・・・。

藤原紀子さんは、小娘の着ぐるみをまとってはいるが、桜楓会を仕切る最長老の一人だったのだ。

 それにしてもいきなり三島さんに意識を覗かせるなんてね。

改めて思ったよ。

千年以上生きている人は胆が据わっているんだなってね。

三島さんは必要とあらばターゲットの上っ面を覆う自意識を引っぺがし。

その下に隠れた当人すら知らない意識と更に下層の無意識を隅から隅まで走査する。

そうして欲しい情報をごっそり持っていく恐ろしいお嬢様なんだよ?

彼女がそんな怜悧なリアリストだとシスター藤原は知っているのだろうか。

 少なくとも三島さんと先輩の表情を見る限り分かることがある。

今回の探査ではシスター藤原の意識と無意識の内に、僕らにとって当面危険な不都合を見つけることはできなかったのだ。

それだけは確かなんだろうな。

千年の歳月で分厚くなった面の皮以上に、シスター藤原の心を覆う鎧が堅牢なんてことが無い限り。

三島さんのドナムから逃れる術は無いだろうからね。

 結果として三島さんは、シスター藤原の実は狷介な本性はさておいて。

趣味とする文学的視座から彼女に心酔する体を取ることにしたようだ。

先輩だって情報が並列化された時点でシスター藤原の手の内を知ったわけだ。

そうである以上は、萩原さんやヒッピー梶原に対するような当たり方はしないだろう。

 三島さんと先輩は読心と言うドナムを操る便宜上、名と実を切り分けて考えることに長けている。

警戒を緩める気配のない橘さんだってそうだ。

先輩と三島さんが当面安全と認めてしまえば内心はどうあれ。

面と向かってOFUに敵意を向けることは控えるだろう。

<身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ>ってこと?

策士と言えば策士だね。

藤原のおねーさんは。




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