第19話 秘密結社と少年と後宮の魔女達 18

 三島さんは半眼となり顔が紅潮している。

薄く開いた唇からは濡れた舌がちろちろとうごめくのが見える。

聖テレジアの法悦って感じだ。

色っぽいってことさ。

僕にはアンプリファイアの機能しかない。

だから実は、三島さんがこの時シスターの何を読んでいたのかは皆目見当がつかない。

実感的には僕にとって全く訳が分からない状況がしばらく続いたってことな。

 やがて三島さんは満足げな吐息を漏らし、僕の手をきつく握りしめていた力を抜いた。

なぜかほのかな薔薇の香りがする。

三島さんがシスターから読み取ったのは<輝く日の宮>とか言う平安時代の読み物なんだろう。

シスターは紫式部の友達だったとか駄法螺を吹いてるからね。

<輝く日の宮>ってのは多分源氏物語に関係した文章なんだろうけどさ。

だけどそいつを読んだからって『カイカ~ン!』ってほどのことなのだろうか?

ミシマ〜のよく分からない所だよ。

 

 「詳しくはまた後日ということにしましょう。

私達には時間だけはいくらでもありますからね」

三島さんはコクコクと肯くと、またもや僕を引き摺って自席に戻る。

もちろん戻ると同時に三島さんは先輩の手に軽く触れ、二人の記憶は瞬時に並列化された。

こうしたお約束の行動は表面上の感情とは別建てになっている。

彼女たちのマルチタスク的で冷静なしたたかさは秋吉を除く“あきれたがーるず”には普通に見られる特性だね。

 ミシマは古典好きの数寄者として抱く欲望を余すところなく満たす。

それと同時に、リアリスト三島雪美としての情報収集も完璧にこなしたというこったろう。

このふたりや橘さんと比べると、秋吉はまだ全然すれてなくて断然可愛げがある。 

 「「誰がすれているんですって?」」

先輩と三島さん繰り出す渾身の肘鉄をコンボで食らった。

繋がっているのを忘れていたよ。

「わたしは源氏には興味が無いのだけれど・・・。

これは凄いことなのね」 

三島さんからもたらされたシスターの情報を反芻しながら先輩がつぶやく。

だけど源氏物語云々よりだよ。

千年経ってもシスターがこの見てくれっていうビックリにだよ。

皆んなは一番に驚くべきなんじゃないのかなー?

平安時代の宮中に仕えていた女官が、昭和の日本では下っ端の小娘シスターなんだよ?

このいけ好かない女には“アイドルみたいな!元女官で今シスター!”って言うナルシーな自覚は絶対あると思うんだ。

『刮目して我を見よ!』って言うあのドヤ顔からすればだよ。

心の中では『おーっほほほっ』の状態だったことが丸分かりじゃないか。

僕は肘鉄の痛みをこらえながら心の中でふたりに突っ込んだものだよ。

『驚くところはそこじゃないだろ。

あの女の不気味な若作りだよ!』

ってね。

まあ、警戒心を抱く相手の懐に飛び込む。

そんな意味ならシスターのつかみは抜群だと言えよう。

三島さんがどんな人間なのかよく知りもしないのに、いきなり自分の心を読ませる暴挙に出るんだからね。

胆力があるんだか軽率で考えなしなんだか。

シスターの考えが全く分からない。

それでも三島さんのガウガウ顔が表向き、一瞬にして消し飛んだからね。

捨て身で職務を果たす根性はある。

それは認める。


 「凄いことなんですよ。

その存在が囁かれ初めてから何百年にもなるんです。

あの本居宣長だって見つけることができなかった失われた巻を。

わたくし、今、読んじゃいました!

それに、紫式部と同僚でいらしたと言うことはですよ。

シスターは清少納言ともご面識があったはずなのです!」

三島さんは興奮冷めやらぬ様子のまま小刻みに震える。

彼女は倒れた椅子を引き起こせと僕に命じ、すぐ自席にへたりこんだ。

趣味と諜報活動は別人格でこなしているんだろう。


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