第19話 秘密結社と少年と後宮の魔女達 17

 僕たちの聴取が一旦終わると休憩時間になった。

ドアが解錠されて、花摘みなどの用向きがある者は室外へ足を向ける。

皆が戻る頃を見計らっていたのだろう。

席が埋まるとさっきのシスターが、おやつと飲み物を乗せたワゴンを押して室内に入ってくる。

新たにコーヒーとオレンジジュースがサービスされ、三島さんと秋吉はオレンジジュースを選んだ。

 ガラスドームの付いたケーキスタンドには種類の違うケーキが並び、女性陣は姦しく相談しながら遠慮なく小皿に取り分ける。

僕と萩原さんはコーヒーをお代わりする。

ヒッピー梶原はコーヒーだけではなく、チョコレートケーキにも手を伸ばした。

 僕たちが休息している間も萩原さんとヒッピー梶原は仕事を続けている。

手元の書類に目を落とし、ボールペンで書き込みをしながら、何やらぼそぼと言葉を交わしている。

ふたりともすっかり老け込んだみたいに生気の失せた顔をしていた。

 皆がケーキを食べ終わる頃にもう一度シスターが現れる。

おやつの後始末をすると今度はドアの内側から鍵をかけ、萩原さんとヒッピー梶原の間にちょこんと腰を下ろす。

二人の間の席が空けてあったのはシスターが座る為だったことが分かる。

こいつ何者だ?

 

 「さて、皆さん。

双方の自己紹介と打ち明け話が済んだ訳ですが」

シスターが言葉を切り一座を見回す。

「私から今後のことについて少しお話ししたいと思います」

灰色の僧衣をまといベールを付けたシスターの歳の頃は二十歳前後だろうか。

思いの外若いシスターだ。

修道院から派遣された事務員さんと思っていた。

僕は色々いっぱいいっぱいだったせいで、彼女には碌に注意を払っていなかった。

 本物のシスターを間近に見ることなどそうあることではないけれどね。

僕ははなっから、彼女のことをモブ扱いしていたってこった。

それはちと迂闊だったかもしれない。

よくよく彼女を観察してみれば橘さんよりかなり若そうな感じだ。

若そうであるのだがなぜだろう。

『新卒くらいの歳かな?』

そんな風に想定できる初々しさがまったくない。

シスターの小柄ながら凛とした姿勢の良さは、むしろ歳に似合わず随分と落ち着いた佇まいに思える。

 シスターは色白で大きな目が印象的だ。

鼻から頤までのすっきりしたラインが形の良い唇を横切って、全体として品の良い造作にまとまっている。

美人ってことだよ。

すごく若くてきれいなねーちゃんではあるけれどさ。

いきなり萩原さんとヒッピー梶原の間に腰を下ろして、偉そうに話し始めたのだぜ。

これには正直、虚を突かれた思いだよ?

OFUの関係者であるのは確かだからね。

このシスターも只者であるはずがない。

僕以上に“あきれたがーるず”のあからさまな警戒感は、初対面の人に対して少し失礼なくらいに露骨だ。

皆んなが犬だったら、鼻梁に皺を寄せて、軽いうなり声を上げるくらいの身構えだろうか。


 「・・・みなさん。

そんな荒法師のような怖いお顔をなさらないで下さいな。

人手が足りなくて先にお給仕をさせてもらいました。

私が持つドナムは皆さんとご一緒しなくても状況把握に困りませんからね。

私のドナムは他者の視点で見たり聞いたりできる遠隔感応というものです。

先程からの会議には萩原君と毛利さんの視点で参加していました」

彼女は事務員のふりして僕らをドナムで窃視していたということだ。

・・・可愛い顔したろくでなしってこった。

僕はシスターをペルソナノングラータとして頭の中の人別帳に記載した。

「聖職者にあるまじき卑しい振舞をしてしまいました。

お詫び申し上げます」

シスターはいけしゃあしゃあと告白し、謝罪の言葉を述べる。

次いでいたずらを思いついた子供のような無邪気な笑みを浮かべたもんだ。

悔い改めれば何でも許されると思ってやがる。

キリスト教徒の悪い癖だな。

 「萩原君と梶原君の自己紹介に倣えばです。

私はその昔、藤原香子さんと同僚だったことがあります」

『藤原香子って誰?』

僕たち部外者はいきなり話題の核心を明後日の方角に逸らされて、一様になんのこっちゃという顔つきになったはずだ。

「皆さんは藤原香子さんのことをよくご存じのはずですよ?

現代では紫式部と言う名前で知られている結構有名な人なのです」

シスターは話している内容とは全く別の意図で軽く首を傾げ、こぼれんばかりの笑みを浮かべる。

桃色をした唇の間から覗く、小さくて白い歯が印象的だった。

ベールの下の顔だけクローズアップにすれば、an-anかnon-noのグラビアを見ているみたいだ。

穢れを知らぬ乙女の様に澄んで濁りのないシスターの大きな瞳が。

『刮目して我を見よ!』

と言わんばかりの力強い輝きを放っている。

『平安時代を知ってるなんてうそぶくこのいけ好かない女。

人魚でも食ったか?』

少なくとも僕は呆気にとられて、良いリアクションが取れなかった。

だがしかし、古典好きの三島さんだけは椅子を蹴倒してぴょんと腰を上げて前のめりになる。

「うそーっ!」

三島さんは両の拳を口元にあて、元々が大きい目を更に見開く。

「嘘じゃありませんよ。

源氏物語の世界最初のファンはかく言うわたくしです」

シスターは取っておきの自慢話とばかりに小さくて可愛らしい鼻を膨らませる。

してやったり感が満載だ。

三島さんの『うそーっ!』はそういう意味じゃないだろ!

僕は試しに心の中でつっこんでみた。

『全然ばあさんっぽく無いあんたの見てくれに驚いてるんだよ』

けれども僕は、三島さんには結構トリッキーな思考で状況をかき乱す癖があるってこと。

そのことをすっかり失念していたね。

「では、では、<輝く日の宮>をご存じですか?

もしやお読みになりましたか?」

うわ!

<輝く日の宮>って何だよ?

また訳の分からないこと持ち出してきたよミシマは。

ミシマが驚いたのはシスターの見た目と実年齢の乖離じゃないってこった。

驚いたのは自分の趣味的な興味を惹いた部分ってことかよ。

やれやれ。

なんとも彼女ならではの視点だな。

『ミシマ~尋ねるべきところはそこじゃないだろ?』

僕は脱力したよ。

 三島さんの目はすでに血走っている。

鬼気迫るとはこういうことを言うのだろうかね。

顔がめちゃめちゃ怖くなった。

「良く知ってます。

もちろん読みましたとも。

それも初稿でね」

シスターはにっこり微笑むと、誘うような仕草で三島さんに両の手を差し伸べる。

三島さんは再び悲鳴を上げる。

彼女は素早く席を抜けて僕の手を文字通りひっ掴む。

そうして有無を言わせず、僕を力尽くでシスターの元へと引きずっていく。

僕は文字通り呆気にとられる暇もない。

三島さんに引きずられるまま円卓を半周する。

彼女は僕の手を強く握ったまま、差し伸べられたシスターの手を取る。









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