第19話 秘密結社と少年と後宮の魔女達 6
あえて口には出さないけれどね。
“あきれたがーるず”の面々は、僕と違い至って往生際が良いのだろう。
まな板の上の対人地雷みたいだ。
佐那子さんは分かり易い殺気を放っている。
先輩や三島さんも酷薄としか表現しようのない笑みを浮かべている。
On your marks, get set, ・・・
きっかけがあれば修羅場にlet's go!なのだろう。
事程左様に、三人とも話題が能力関連だと確信している気配がありありだ。
僕みたいに『医学関連かも?』なんてチキンな甘い見積もりなどしてないってこった。
先方のプレゼンスが受け入れ難いものであれば、躊躇うことなく力押しで抵抗を試みる。
そんな剣呑な意志が三人の様子からハッキリと読み取れる。
彼女たちがこの件で負けるつもりも降参するつもりも無いのは明白だ。
“あきれたがーるず”は僕の知らないうちに、妥協のない過激な集団と化していたのだった。
ただ、秋吉ひとりだけは洗脳という能力持ちだからか、ひとりのほほんとして見える。
最年少ながら僕らの切り札は、泰然自若とした微笑みを浮かべるだけでリラックスしている。
その点ではまことに頼もしい限りだった。
だが『おおっ。ひとりはまともな奴がいた!』と喜ぶ間もない。
秋吉はススっと近付いてきて僕の手をしっかり握った。
いつでも力を発揮できるようにと、スタンバったのだろう。
叫ぶ文言も既に用意しているねこの顔は。
秋吉も同じ穴のムジナってことさ。
願わくば『死んでおしまい!』という文言がないことを祈るばかりだな。
だけどね。
この局面で本当に恐ろしいのは“あきれたがーるず”の誰一人として、恐怖を感じている者がいないってことだよ?
びびってるのは僕だけだってことさ。
円卓は十二脚の椅子が取り巻いている。
僕を中心として左右に秋吉と先輩、先輩の右隣に三島さん、秋吉の左隣に佐那子さんが腰を下ろした。
秋吉は僕と手を繋いだままだ。
いつもなら騒ぎ立てる他のメンバーも事情を了解しているのだろう。
いや、むしろ予め想定されたマニュアルに従っていると考えた方が正しいのか。
誰も気に留める様子がない。
僕が座る正面には、いかにも若手のキャリア官僚と言った風情の男が腰を下ろしている。
入室時、男は手元の書類に目を落としていた。
僕たちに気付くと座ったまま顔を上げて軽く会釈したものだ。
見たまんま、傲慢で偉そうな態度の男だ。
僕たちと一緒に入室した高等遊民先生は、傲岸不遜と書いた付箋を付けてやった官僚男から一つ席を空けて腰を下ろす。
官僚男と見比べると、主治医は高等遊民と呼ぶよりやはりヒッピーが相応しいように思えてしまう。
ふたりの背後にはホワイトボードが用意されていて、これから何らかのレクチャーが始まりそうな設えでもある。
病院の人なのだろうか。
修道服を着た歳若い修道女が、何回かに分けてポットからコーヒーを用意すると各人の前にセットし静かに退出した。
修道服といっても映画サウンドオブミュージックの劇中、修道院長が着ていた重そうなやつではない。
映画の冒頭でマリアが着ていた、簡素で動きやすそうなものに似ている。
修道女は修道服の上から長いエプロンも付けていた。
ベールの下に髪が見えているからウインプル(頭巾)は付けていないのだろう。
ことによるとマリアのように清貧 、貞潔 、従順を神に誓う公式誓願を立てる前の下っ端修道女かも知れない。
病院付属の礼拝堂があるのは知っている。
けれども、一般病棟で修道女を見かけることは滅多になかった。
彼女たちの出没エリアは事務方の領域に限定されているのかもしれない。
ドアが閉まると外からロックの掛かったことを確かめる音がして、やがて室内が静まり返った。
コーヒーのふくよかな香りが僕の鼻をくすぐる。
良い豆を使っているようだ。
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