第19話 秘密結社と少年と後宮の魔女達 4

 痛かったり驚き続きの高校初年度がもうすぐ終わろうかと言う時期になってしまった。

もうすぐ2年になるってこった。

生まれてこの方。

こんなに病院のお世話になった年はなかった。

大人が初詣で無病息災を祈る気持ちが痛いほど。

と言うよりはリアルな痛みでよく分かった一年だったよ?

 僕の高校生活は帰宅部所属の底辺モブとして、安心安全なお気楽時代になるはずだったのにな。

だけどこの後更に、夏目事件なんかぶっ飛んじまうような取って置きのびっくりが待っていた。

波瀾万丈の高校一年に極まった止めの一発さ。


 退院は佐那子さんが一番早くて二日後。

次は僕で一週間後だった。

毛利先輩の怪我は骨折がメインなので流石に時間が掛かった。

それでも二週間でほぼ完治なのには驚いた。

ヒッピー改め高等遊民の主治医に言わせれば、みんな通常の五分の一くらいの時間で傷が癒えたらしい。

おまけに後遺症も残らない完ぺきな仕上がりとのことだ。

ちなみに、三人とも予後管理はなぜか高等遊民先生が一人で務めている。

 いよいよ先輩が退院するその日のこと。

“あきれたがーるず”のメンバーは帰り支度が済んだ先輩の病室に全員集合した。

ふーちゃんはどうしても休めないピアノレッスンがあるので、三鷹台の毛利邸で合流の予定だ。

 最後に現れた佐那子さんは後ろに高等遊民先生を従えている。

何だか佐奈子さんの方が偉そうだ。

佐奈子さんは最近は余り見なくなったビジネスライクで怜悧な雰囲気をまとっている。

僕は『んっ?』と思った。

だけどまさか高等遊民が“世をはばかる内緒ごと”をずーっと胸に秘めていたなんてね。

その時には夢にも思わなかったのさ。

 「みんな集まっているね。

毛利さんも完璧に治癒したしめでたしめでたし。

と、いうことで、俺からちょっとお願いがあります。

これから退院祝いのパーティーらしいけれど少しみんなの時間をください」

高等遊民先生がぼさぼさ頭の髭面で深くお辞儀をする。

僕をはじめとして佐那子さんを除く皆の頭の上に?マークが立った。

佐奈子さんの顔に一瞬殺気が浮かぶ。  

何故に?

「私からもお願いします」

何らかの根回しが済んでいたのだろう。

佐那子さんが敵意を含んだ複雑な表情で高等遊民先生のフォローに入る。

加えて、彼女にしては珍しく疲労の色が濃いことに気付く。

『佐那子さんどうしたのだろう』

僕の心配な気持ちが不安を凌駕した。


 僕たちは病棟の最上階にある会議室と思しき部屋に案内された。

部屋の中心には円卓が置かれ、円卓の周囲には、座り心地の良さそうな椅子が配置されていた。

テレビドラマや映画で描かれる会社や学校の一場面では、いっそそっけなくさえ見えるのが会議室と言う部屋だろう。

だがその部屋は、見た目こそ質素ながら調度品がやけに高級そうだ。

モールディングが施された壁には油画のピエタが掛かる。

クルミ材のチェストの上では寒色系の盛花が、室内に品の良い静謐さを添えている。

マントルピースを模した暖房器具の上の壁面には、小さなラテン十字まで据えられる念の入りようだった。

 聖母子像と十字架。

上品だが質素で清潔な花の色どり。

歴史のあるミッション系女子校の校長室を連想させる佇まいだろうか。

こんな雰囲気を建築の写真集か映画で見た覚えがある。

そう言えばこの病院が、築地にあるカトリック教団が運営する大きな病院の分院であることを思い出した。

 病院と患者としての繋がりがあるのは僕と先輩、佐那子さんだけのはずだ。

そのはずなのに三島さんと秋吉も当然の様に部屋へ通された。

このメンツに何らかのアプローチとくれば、能力云々についてと考えざるを得ない。

 夏目に対しては能力という僕らの秘密もバレた。

だけどそれは変態中年という探偵が、先輩に張り付いていたことの結果だろう。

それもこれも、夏目が探偵を雇うほどの執着心を先輩に持ったからこその失点だったはずだ。

 高等遊民先生や病院が先輩や僕たちに興味を持つ。

ましてその興味が能力に結びつく発想の飛躍なんてことあるだろうか。

傷の治り具合からすれば僕たちは常識外の存在かも知れない。

けれども論理思考の権化みたいな医学者や医学機関が、非合理なつじつま合わせをして能力なんて幼稚な結論に至るだろうか。




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