第19話 秘密結社と少年と後宮の魔女達 3

 僕が担ぎ込まれたのは、調布にあるいつもの病院で、主治医もいつものヒッピーだ。

次に目が覚めた時、僕の気分はだいぶ良くなっていた。

肩の傷は貫通銃創と言うやつだった。

僕の肩を貫いた銃弾は、背中に張り付いている先輩に危うく当たるところだったらしい。

夏目のヤツ先輩を自分のものにするとかなんとかほざいていたが、大概ふざけた野郎だ。

もう少し想像力を働かせて事の後先を考えろってこった。

弾が先輩に当たったらどうするつもりだったんだ?

 ヒッピー主治医は、いつもの様にまるでやる気がない感じで病状の経過を説明し始める。

それでも、ふーちゃんと佐那子さんが凶悪とも言えそうな殺気を放つせいで少しは丁寧になる。

ふたりのおかげでヒッピー主治医は、西洋乞食から丁寧な言葉を使う高等遊民程度には態度を改めた。

 「君も災難続きな子だね。

今回は前の時以上に危機的状況だったぜ。

お連れの彼女、毛利さんの救命処置がなかったらあの場で確実に心停止してたな。

といっても、あれだけ的確な止血にもかかわらず、普通の人間だったら生きちゃいられない量の出血はしてたよ」

僕は夏目の与太話を思い出していた。

だが同時にヒッピーの含みのある言い方に、何か引っかかるものを感じる。

「傷付いた血管は縫合して銃創そのものものも修復は神速で進行中だ。

大出血に伴う貧血も、お嬢さん方の血液をたっぷり輸血できたのでもう心配いらない。

まるであつらえたように抗原型の揃ったドナーが駆けつけてくれて助かったよ。

血圧だって非常識にも、すでに貧血気味な乙女程度には回復してきたってもんだ」

医者の顔をした高等遊民は僕にニヤリと笑いかけ、ふーちゃんと佐那子さんには折り目正しい会釈をして病室を立ち去った。

 佐那子さんの事情説明が行き届いていたのだろう。

ふーちゃんも取り乱すことなく三島さんと二人で手分けして、先輩と僕の枕元に詰めていたらしい。

最初に目が覚めた時に姿が見えなかったのは、僕が予想より早く目覚めたからなんだってさ。

精神的に不安定になった先輩につきっきりで傍を離れることができなかったらしい。

ダイダラボッチは出張先から急行中ってことだ。

僕のこの有様だとダイダラボッチの鉄拳制裁は少し先のことになるな。

ちょっと憂鬱だよ。


 「三島さんや秋吉にも心配かけちゃったね。

ふたりは先輩のとこ?

僕ならもう大丈夫。

先生も言ってたろ?」

ベッドから起き上がろうとすると少し眩暈がした。

「無茶しないでください。

失血死しかけたんですよ」

佐那子さんが慌てて手を差し伸べて悲鳴を上げる。

「佐那子さんもむりしないでください。

肋骨が折れちゃってるんでしょ?」

ふーちゃんが呆れたという顔をして車椅子とスリッパを用意してくれる。

既に一回目の手術を終えた先輩は一般病室に移されていると言う。

僕はふーちゃんが押す車椅子に乗り、佐那子さんの先導で先輩の病室に入る。

 秒で秋吉に抱き付かれ、三島さんにいきなりキスされた。

静粛が第一義の病院内に先輩の怒声が響きわたる。

佐那子さんの悲鳴を受けて秋吉が三島さんに体当たりをかました。

瞬間、凍り付いていたふーちゃんが急いで病室のドアを閉め、皆を叱る。

さすがは年長者だよ。

こんな局面ではいつもは頼もしい佐那子さんも秋吉並のポンコツになるからね。

年長者としての統率は期待できない。

包帯やらギプスやらで大変なことになっている先輩だった。

それでも三島さんの暴挙で固まっている僕に、枕を投げつけてくる元気はある。

少し安心した。


「ルーさんも現金なものですよね。

心を病んだおばけみたいになって、精神安定剤のお世話にまでなっていたくせに。

マドカ君の顔を見たとたんに見違えるように元気になっちゃって」

へへへっと笑って、本当に舌なめずりした三島さんはちょっと強気だ。

「破廉恥な、ビ・・・ビッチに言われたくないわね」

「先輩もなれない言葉は使わない方が良いですよ。

罵るとこで赤面なんてただ可愛いだけですよ?」

三島さんの暴挙で傾いたパワーバランスを元に戻そうとしただけなのにさ。

満足そうな微笑みを浮かべた先輩以外には不評な僕の一言だった。

「ビッチなんて人のこと良く言いますよ、ルーさん。

わたくしのキスなんて、まだあげ初めし前髪がフルフルしちゃう乙女の純情レベルです。

マドカ君にわたくしの清らかな唇が触れた瞬間に分かっちゃいました。

ルーさんったらイヤらしい。

夏目の目の前で長々とびちゃびちゃしたフレンチ・キスしたくせに」

 気化爆弾が破裂したかと思うほどの騒ぎになったのはいうまでもない。


 

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