第19話 秘密結社と少年と後宮の魔女達 1
目が覚めると知らない天井ではなく、佐那子さんの泣き顔があった。
これはまずった。
さてはリセットが起きたかと胸がドキドキする。
『んっ?
リセットのことを覚えてる・・・。
ならリセットじゃない??』
僕は自分が夏目の奴に拳銃で撃たれたことをすぐに思い出した。
痛みの伴わない着弾の衝撃だけが脳裏によみがえる。
その後、蛇口をひねるにつれ量が増える水道水みたいに、色々な記憶がぶわっと意識を満たす。
ぶわっとよみがえった記憶が僕を混乱させた。
「・・・橘さん、大丈夫ですか。
夏目のヤツ橘さんを撃ちやがって。
・・・ってことは、それを僕が覚えてるってことは、やっぱりリセットしてませんよね?
良かったー!」
佐那子さんはなんだかいい歳をして子供みたいに泣きじゃくっている。
「良かったじゃないですよ・・・
そうやって人の心配ばかりして・・・
私なら大丈夫ですよ・・・
肋骨が二本ばかり折れて玉の肌に二か所挫傷ができましたけど。
ケブラーの防弾ベストはなかなか使えるやつです。
・・・円さんはなぜ着てくれなかったんですか。
こんなことが起きるのを予想してお渡ししてたのに・・・。
約束が違うでしょ・・・」
佐那子さんは泣きながら怒っている。
たいした怪我ではなくて正直ほっとした。
夏目の与太話が本当にヨタでは無ければ、佐那子さん程度の傷なら超特急で治るだろう。
経験から察するに傷跡も残らないだろう。
『見せて』と言えば『喜んで!』と言われそうなので、冗談にもそんな軽口は叩けない。
『佐那子さんの怪我のことにこれ以上触れないようにしよう』
僕はそう決めた。
「・・・先輩の姿が見えませんが、先輩はご無事ですか?
僕が撃たれた後夏目のヤツ、先輩に酷いことしませんでしたか?」
着弾の衝撃を感じた直後に気を失ったので、いま改めて左肩に銃創を受けたことに気が付いた。
気が付いて意識した途端に痛みがやってくる。
「そうか、僕は肩を撃たれたんだ」
「・・・答えになってませんよ・・・
・・・円さんが悪いんですからね。
・・・お渡ししてあったベストをちゃんと着てさえいてくださったら」
「まさか、先輩に何かありましたか!」
僕はベッドから跳ね起きようとして軽く失神した。
「・・・円さん、円さん・・・
これ以上無茶はやめてください。
出血多量で危うく死にかけたんですよ。
ルーさんならば心配ありません。
ルーさん・・・大活躍だったんですよ」
どうやら僕を狙った弾は左の肩に当たり大きな血管を切ったらしい。
そのせいで一瞬の内に気を失ったようだ。
僕に弾が当たった瞬間悲鳴を上げたものの、その後の先輩の行動は凄まじいものだった。
肩の銃創からは血が迸り、それを見た佐那子さんはリセットを覚悟したらしい。
けれども先輩は沈着冷静だった。
先輩は躊躇うことなく右の親指を銃創に突っ込み、出血点を探り当てて圧迫した。
そのまま僕の肩を鷲掴みにして、更に左腕を僕の右脇の下に通してから拳を硬く握り込んだのだ。
佐那子さんはもう一度力を振り絞って叫んだそうだ「力を使って逃げてー!」と。
先輩は佐那子さんにうなづくと能力を使った。
能力を使ったが逃げるためではない。
先輩は僕の創口に親指を突っ込み肩を鷲掴みにしたまま能力をフルパワーで行使して夏目に吶喊したのだ。
それはどれほどの加速だったろうか。
胸部の疼痛で朦朧としながらも、佐那子さんは一部始終を目撃していたはずだ。
だが今そこで何が起きたのか、にわかには理解できなかったという。
先輩が左の拳を固め何やら叫んだ瞬間。
僕を引っ掴んだ先輩の姿は、佐那子さんを掠める一陣の風と共に消え去った。
佐那子さんの背後から打撃を思わせる鈍い音がして、芝に何かが転がる音が続いた。
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