第18話 アプレゲールと呼んでくれ 44
ルーシーを手に入れるだの円を排除するだの夏目は色々言ってはいる。
だが人の心を自由になどできはしないし、殺人はあまりにもハイリスクだろう。
本当のところ、夏目が何をしたがっているのか。
円にはそれが全く分からない。
すると円は、にわかにこの局面全体がどうしようもないほど面倒くさくなった。
「先輩、夏目の野郎がさっきから訳の分からないヨタ飛ばしてますけど、僕、お腹が減ってきました。
あいつをうっちゃってそろそろ帰りませんか?
ふーちゃんにはまだ何もしていないってほざいてますしね。
多分危機管理マニュアルに従って、僕らが行方不明になった時点で佐那子さんの黒服がガードに入ってると思います」
「そうね。
色々と驚くことばかりだけれども。
夏目さんもここまでしてしまったらねぇ。
さすがに高木先生や東都警備のお力を借りて告発できそうよね?」
夏目はふたりのひそひそ話を他所に、舞台上の独演者よろしく朗々と一人芝居を続けている。
ルーシーも円も、能力にもれなく付いてくるらしい不老と言うおまけには驚いた。
ところがふたりとも人間としての夏目にもその半生の物語にもすでに興味が失せている。
「夏目さん。
熱の入ったモノローグの途中で本当に失礼なのですけれど。
そろそろわたしたちお暇させていただきとう存じます。
続きは弁護士事務所か警察でご自由に語って下さいまし」
夏目は一瞬、ルーシーが何を言い出したのか分からない様子だった。
だがすぐに頭を振りながら苦笑いを浮かべると肩をすくめる。
「こう言っては何ですが、俺も舐められたものですね。
あの戦争を生き残って、焼け跡の無法地帯を生き抜いてきたんですよ?
ぽっと出の嬢ちゃんや小僧に出し抜かれるほど、この俺が間抜けとお思いですか?」
その刹那、爆発的と言って良いほどのエンジン音が轟き、大型のバイクが庭に飛び込んできた。
バイクは丹精を込めた芝生を抉りながらターンを決める。
空ぶかしの後エンジンが止まると、黒いライダースーツを着たスタイルの良い女性が降り立つ。
女性はフルフェイスのヘルメットを脱ぐと頭を軽く一振りして、長い髪を風にさらした。
「お待たせしました。
まどかさん。
ルーさん」
「橘さんめちゃめちゃカッコいい」
「お手数掛けて申し訳ありません。
わざわざ来ていただいて恐縮です。
わたしたちそろそろお暇しようかと思っていましたの」
颯爽と現れたのは橘佐那子その人だった。
「私にも出番を下さいよ。
さてと、夏目総司さん。
結構ネタは上がっちゃってますよ?
加納双葉さんと三島雪美ちゃんそれに秋吉晶子ちゃんは三人ともうちで保護しました。
今頃タカノのフルーツカクテルを食べながら『まどかさんとルーシーさんは無事でした!』という知らせを待っていることでしょう。
おふたりの分もちゃんと取ってありますからね」
佐那子は円とルーシーに向かってと朗らかに笑いかけた。
「毛利さんと小僧に忍ばせた発信機を目掛けて、無線方向探知機を乗せたトラックでクロス方位法を実施したんでしょ?
思っていたより時間が掛かりましたね?」
夏目は佐那子の登場にも全く動じることなく上着のポケットに手を突っ込んだ。
「呆れた人ですね。
略取誘拐は立派な刑事犯罪ですよ?」
佐那子が夏目を振り返ると同時にパン、パンという乾いた音が二つ続けて響いた。
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