第18話 アプレゲールと呼んでくれ 43

 「毛利さん。

最近風邪をひいたりお腹を壊したりしなくなったでしょ?

ちょっとしたケガなんて半日で治りませんか?

およそ思いつく限り、体調が悪いって言うことがなくなっているはずです。

おまけに、記憶力が良くなって論理思考がスムーズにできるようになってませんか?

俺が四十歳くらいの時には、歯が生え変わりました。

どうやら四十年に一回程度逐次再生できないパーツのリニューアルもあるみたいです。

俺の場合中学を卒業するまでに近視も治ってしまいました。

当時は仮性近視ってのは治るんだと暢気に考えてましたけどね。

多分自己修復の結果だったでのでしょう。

もっともそれに気付いたのは、時間遡行と不老の関係を確信した後でした」

 そう言えばと、円は森要に殺されかけた時に医者が話していたことを思い出す。

「搬送時の外傷の程度と全身症状の深刻さから考えると。

君は死んでもおかしくなかったんだよ?

君は驚くほど運が良い。

傷の治り具合も失血からの回復も順調すぎて言うことなしさ」

主治医はそう言って円を褒めたのだ。

ヒッピーみたいな風貌の主治医は、円を手の掛からない患者だと終始上機嫌だった。

そのことが、記憶に強く残っている。

 円はその後も、大小の怪我を負ったり気絶したりと何度も酷い目にあった。

だが思い起こしてみれば、回を追うごとに。

ダメージからの復活が安直かつ素早くなってきているような気もする。

『最近、怪我の治りが良くね?

これって能力のオマケか何か?』

そんな仮説とも言えない仮説を立ててみもした。

 更に加えて、脳神経系の問題を考えてみてもそうだ。

ルーシーは最初の飛行訓練では平衡感覚に異常を来して嘔吐を繰り返した。

だが最近のルーシーはかなりアクロバティックな空中機動も難なくこなすようになっている。

 災難続きで試験勉強を満足にできなくても、そこそこの成績をとれるようになった。

そのことだって考えてみれば何だか怪しげだ。

記憶力の強化が夏目の言う、能力に伴う獲得形質の一部ならどうだろう。

もしかしたらと思った<外傷の治癒が早いのは能力のオマケ>と言う仮説だって腑に落ちる。

 不老は検証できないのでひとまず脇に置いておく。

だが記憶力も含めた超能力以外の色々なスペックが上がっている。

もし本当にそうであるのなら円的には『ラッキー!』なことだ。

不老と聞いたときルーシーの身体がピクリと動くのを感じた。

彼女的には知力や回復力が増すよりも、永遠の若さに心を持っていかれたに違いない。

『もしそれが本当に本当なら、佐那子さんだけじゃなくて三島や秋吉のヤツも大喜びかも。

けど、ふーちゃんにバレると厄介なことになりそうだな』

局面の危うさを他所に円は、先程迄の緊張を忘れて暢気なことを考えている。

 この一年の来し方を振り返ってみれば、なるほどルーシーにも思い当たる節が多々ある。

夏目の言う通り鼻風邪すらひかなかった。

考えてみれば最近は、女性特有の月一で訪れる憂鬱が、意識や身体の変調に繋がることも無くなっている。

少なくともここしばらく、鎮痛剤のお世話になっていない。

体調の好バランスも能力に伴う獲得形質であるのなら、知力の向上と不老もありうるのだろうか。

ふたりはそれぞれ違う視点から夏目の与太話を受け入れ始めていた。

 「不老といっても不死がセットになっているかどうかは、今のところ俺にも分かりません。

直ぐに確かめてみるつもりではありますがね」

夏目が意味ありげな視線を円に投げかけ唇を歪める。

 

 遠くで大排気量のバイクが走る音が聞こえる。

『暴走族に僕を殺させようってつもり?

だけどそんな後々厄介なことになりそうなリスク、夏目が侵すわけないよね。

暴走族ったって想像力を欠いてるだけの青少年ってことだし。

あの、ぶっさんだって一線は超えないって言ってたよ?

考え過ぎ、考え過ぎ』

タイムリーでいやな連想だが、正常性バイアスが働いているのだろう。

円は自分が殺されるかもしれない。

そんな現実にはありそうもないことへの恐怖はあまり感じない。

 それよりも円にはその記憶がないものの、リセットが起きてしまったらどうしようと心配になった。

円が死んでリセットが起きたら、佐那子がどれだけ嘆き悲しむだろう。

そのことを想像してしまい胸が痛くなってしまう。

佐那子の体験した何百回にも及ぶ転生は、全て円の死がトリガーだったと言う。

それならば、能力と不死と言う形質が、セットになっていないのは明らかだ。

佐那子のためにもここは、万が一でも死ねないところだろう。

『何がなんでも佐那子を悲しませないようにしなくちゃな』

どこかズレた円の気合いである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る