第18話 アプレゲールと呼んでくれ 28
荒畑経由の噂話やぶっさんの早耳にも。
毛利ルーシー関係のしのぎにまつわる情報は全く入らなくなった。
黒幕がもはやルーシーへの関心を失ったかの様にも思える状況の変化である。
変わらないのは、むしろルーシーや円たちの方だ。
彼らは休日前や土曜日、時には週日にも口実を設けては、ルーシー事案のミーティングを毛利邸でにぎにぎしく執り行っている。
日常に不穏な空気が感じられなくなり、口実作りが気楽になったと言うのもあったろう。
そのことでいささか緊張感が緩んでいるのは否みようのない事実だ。
なにより警護を兼ねて、佐那子がルーシーと同居状態と言うことは、安心についての大きな拠り処となった。
安心増大の余勢を駆って、調子に乗る者も出てくる。
まがりなりにも年長者が一緒と言うことで、三島家が設定するお泊りのハードルも下がったのだろう。
ここのところ雪美までが、ちゃっかり毛利邸に入り浸っている始末である。
晶子はまだ中学生なので、滅多なことでお泊りの許可が下りることはない。
彼女は“さんにんのお姉様方”が羨ましくてたまらず、いつもべそをかいている。
それでも土曜日に行われる定例会の後であれば佐那子の口添えで、時には一泊二日の願いが叶うこともあった。
晶子にとってありがたいことに。
母親の一件で彼女の父親からは絶大な信頼を勝ち取っている佐那子である。
賑やかで面白可笑しい女子会だった。
だがそれではついでに円もお泊りとはならなかった。
瘦せても枯れても節度が大切だった昭和の御代のこと。
パジャマパーティの加納家名代は円になり代わり双葉が務めた。
こうしてルーシー事案のミーティングは、次第にお遊び女子トーク(延長付)プラス食事会の色彩が濃くなっていった。
ただ、佐那子だけはこのまったりとした日々を、ルーシーや雪美ほどは楽観できなかった。
ルーシーを学校に送り届けた後、佐那子は視点を変えながらひとり地道な調査を続けた。
自分が納得できるまではと、本業の狭間を縫ってのボランティア活動である。
もっとも、めぼしい成果が出ないまま時は過ぎた。
ミーティングでは誰かが水を向けない限り。
特に作業の内容や調査の進捗状況を佐那子が話すことはない。
防衛大に入校以来自衛官をへて現職に至るまで、男社会で揉まれてきた佐那子である。
それだからだろうか。
モラハラやセクハラとは無縁の“あきれたがーるず”による華やかな乙女付き合いや馬鹿騒ぎが、楽しくて仕方がない。
ルーシーの警護を引き受けて円たちと知り合う前の佐那子は、自分をどう規定していただろう。
どちらかというと体育会系気質の硬派な人間を気取るところがなかったろうか。
本当は大好きなくせに、少女趣味的な分野に親しむのを後ろめたく感じてやしなかったか。
娘らしい楽しみを、調査や分析など仕事上の必要要件と言い訳がましく考えてはいなかったか。
佐那子の新たな人生は、円からの能力付与による数奇な運命から始まった。
それまでの武張った生き方が大いに役立ったのは幸いだった。
だが若い娘の日常に目を瞑り身につけたスキルが用を成したのはどんな状況だったろう。
それは奇想天外な人生のリプレイという状況だったのではなかったか。
佐那子は円が死ぬ度にタイムリープして、森要に襲われた毛利邸の夜から人生をやり直し続けた。
何百回も繰り返されたバージョン違いの人生は、これまで全て最後は悲劇に終わった。
だがどの回にも佐那子にとっては、今まで何処かよそ事だった恋や友情がもれなくついてきた。
そこには円たちと会うまでは意識的に避けていた当たり前の青春があった。
反復する青春を何度も過ごすうち。
悲劇の回避に全力を傾けながらも、佐那子は円たちとの日々を楽しいと感じるようになった。
だからこそ佐那子は、これまでで最長最良である現在のラッキーターンを何がなんでも守りたかったのだ。
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