第18話 アプレゲールと呼んでくれ 27

 「そう言えばマドカ。

今日は来るのが少し遅かったわね」

 変態中年の動向とその分析やら。

思いも掛けなかった夏目の闖入に対するさがな口やら。

舞台での独白にも似た佐那子の心情吐露やら。

そんな粘り気が強い話が続いたせいもあるだろう。

昨日一日で起きた出来事の整理や考えの突合せは思いの他皆を疲れさせた。

気配り上手のルーシーが頃合いを見計らい、今日何杯目かのコーヒーを入れ始める。

 「荒畑から暴走族関係の最新情報を仕入れていたんですよ。

それで遅くなりました。

この間あんなことがあったばかりですから。

先輩の話を聞いた限りでは、春頃に三島さんを襲った連中とは別グループみたいですしね」

「それで、何か新しいことは分かりましたか?」

雪美もあの時の恐怖を思い出したのか、少し声を震わせて小首を傾げる。

「多摩のアンダーグラウンド界隈でリクルートがあったみたいだ。

幾人かのヘッドに話が回ったらしい。

具体的に先輩の名前が挙がったわけではないと荒畑は言ってたけどね。

先輩が族に囲まれた話をしたらあいつも驚いてた。

額に皺を寄せて「関連があるかもしれん」とさ。

つい最近ぶっさんにも聞かされたんだけどね。

ちょっと前から、どこぞの中年じじいが万札の束で面をはたきにくるって。

あちこちのチームで話題になってるんだって」

「中年じじいって・・・。

変態中年でしょうか」

佐那子が顔色を変えて身を乗り出す。

「それは分かりませんでした。

ぶっさんに言わせると「お前を舎弟にしてからと言うもの、ヤバイスジ辺りの誘いがめっきり少なくなった」んですって。

「しのぎも減ったぜ」なんて笑ってましたから。

ぶっさんの認識じゃ中年じじいはヤバイスジってことですかね?

ぶっさんのところには中年じじいから話が来なかったみたいですけど。

これって荒畑のリクルート情報と話がつながりますか?」

「そうですか」

佐那子はそう口にするとじっと黙り込んだ。

「荒畑情報はざっくりとした周辺の噂話を拾ったものです。

ですからぶっさんみたいに中年じじいという具体性には欠けてます。

変態中年=中年じじい=ヤバイスジって言う感じは違和感があるんですけどね。

それでも、ざわざわとした動きがあるのは確かみたいです」


 国立の一件では情報管理への脅威が現実問題として浮かび上がった。

なぜ慌ただしく決まったイレギュラーなイベントの情報が敵方に漏れたのか。

佐那子と東都警備保障が総力をあけで調査しているが未だにその経緯が分からない。

あるいはその事が原因なのか。

ルーシーや円の周辺で諸々あった敵方の動きがピタリと止んだ。

 荒畑情報ではアンダーグラウンド界隈に資金を惜しまないリクルートが掛かっている。

ところが国立の一件以来、変態中年の姿が見えなくなった。

暴走族やチンピラとの接敵もない。

まるで“そこいらの高校生みたい”な、嘘のように平穏な日々が雪美を含めた三人に訪れている。

 それでもルーシーのお稽古は継続していて、週二回の豊田詣ではほぼルーチンとなった。

お稽古に通うルーシーに何か変事が起きる。

そんな状況発生は、表通りからお師匠宅へ向かう人通りの少ない道と佐那子は推定している。

ところが、クリスマスや正月のお約束イベントの時期が過ぎても変化は無かった。

 ルーシー的には夏目の妙に親しげなアプローチが、日々マシマシになったことが煩わしいだけだ。

あの日、国立に偶然居合わせた夏目は、どうやら勘違いのスティグマを自らに刻印したらしい。

佐那子が仕掛けた罠にまんまと掛かったのは、想定外の雑魚だったと言うことになる。

ターゲットたる変態中年は易々と罠をすり抜け。

彼が姿を現す事はあれから絶えてない。

 

 住宅街の庭を彩る花が蝋梅から椿。

やがては紅白の梅に変わる頃になっても変わったことはおきない。

バレンタインでは“あきれたがーるず”の間にはひと悶着あった。

だが、佐那子や警備陣が緊張する局面は全く訪れなかった。

 国立の一件以来、変態中年はルーシーの行動範囲から完全に姿を消したことなる。

合わせて池袋のアジトでは、電気メーターの回転が極端に遅くなった。

郵便受けには新聞やチラシが溢れて、監視を始めた頃には確かにあった生活臭も消えた。

 だが暴走族によるルーシー襲撃のことは等閑視できない。

登下校は東都警備差し回しの自家用車を佐那子自らが運転することとした。

ルーシーを囲っているVIP並みのガードも徐々に縮小されたが、警備の費用はむなしく積み重なった。

 こうなるとさすがの佐那子も警備体制を見直さざるを得ない。

踏ん張りどころとして、お稽古の警戒警備にはこれまで通りの人員を配置した。

池袋のアジトについては見回り程度としたが、電気を止められた時点でそれも止めた。

毛利邸の警備については、佐那子の常駐に切り替えることで夜間の監視を中止した。

 或いはルーシーへの危険な遊戯がいつの間にやら終わっていた?

そんな楽観的観測が“あきれたがーるず”と円の意識に兆し始めている。


 もう直ぐ春分である。

季節が変わろうといている。

 


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