第18話 アプレゲールと呼んでくれ 23

 「違う時間線の世界で佐那子さんは、積極的にわたくしたち以外の能力者・・・。

仲間を探そうとはしなかったのですか?」

雪美が不思議そうに首を傾げる。

「そう言えばユキちゃんは『仲間を探そう』って幾つもの時間線で提案してましたね。

私一人の時は、気持ち的にはまどかさんのお世話で手一杯でした。

ルーさんやユキちゃんが生き残っているパターンでは、なにかと気忙(きぜわ)しかったし・・・。

そういえば三人が生き残っているターンではあまり組織からの接触も無かったような・・・。

なにより邪魔者が居ない・・・。

もとい、せっかくまどかさんとふたりっきりなのに組織が接触してきたターンではですよ。

組織と深いつながりを持つ前に、なぜかいつもゲームオーバーになりましたからね」

記憶を探ろうとしているのか。

佐那子がふと遠い目をする。

「・・・あれはどうしてだったんでしょ。

まあ、そんなこんなですからね。

結局はどの時間線でも、能力者が関わる組織の内実を、詳しく知ることはできませんでした。

少し話がそれました。

少なくとも私の記憶から見えてくる、異なる時間線相互の類似点を加味して総合的に考えればです。

私たち以外の能力者が黒幕とおっしゃるルーシーさんの直感は、当たっている可能性が高いと思います。

けれども・・・」

佐那子が再び遠くを見るような目で言葉を切る。

もう誰も笑っていなかった。

「・・・けれども、このターンに・・・。

これまでで一番上手くいっている現在のターンに。

幾つかの時間線にはあったそんな組織も含めて・・・。

あんな惨(むご)い・・・。

目を覆いたくなるような酷い現実や未来が。

本当にやってくるなんてことがあるのでしょうか」

可能性は否定できない。

けれどもそうはあって欲しくないと佐那子は涙目になる。

「私が渡り歩いた違う時間線のことを、詳しくお話したことはありませんでしたが・・・。

森要による最初の襲撃後に展開される状況は、相互に似ていることはあっても。

その実、ターンごとに毎回パターンがまったく違うんです。

二回目以降も執拗に繰り返される森要の攻撃の回数と手段は、いつだって違っていました。

そのことはともかく、世界情勢まで毎回全然違うんです。

第三次世界大戦が起きちゃったり。

中国で内戦が始まったり。

アフリカから広まった疫病で何億人もの人が死んだり・・・。

世界史の進み方もターンごとに驚くほどの違いがあるんです。

正直、テレビを見たり新聞を読むのが怖くなりました。

過去のターンで記憶した情報による経験則が、ほとんど役に立たないのですから。

そうして私が、何度も繰り返し体験して見切った世界のイメージはズバリ。

魔女の大釜なのですよ。

大釜には、時々刻々生まれる数え切れないほどたくさんの“偶然とたまたま”が投げ込まれます。

そうして煮込まれた混沌のスープの味は一瞬ごとに変化します。

ですから混沌のスープは誰が味見しても、ふたくちめにはまるで違う風味になっているのです。

予測不可能ってことです。

実を言えば森要事件の後、今日のこの日まで時間が経過して全員が生き残っている。

まどかさんも正気で日本の国内がまずもって平穏。

核ミサイルも飛んでこなければパンデミックも起きてない。

そんなラッキーなパターンは今回が初めてのことなのですよ」

佐那子が何度も繰り返された絶望の時を乗り越えて、ようやくたどり着いた現在。

今皆で集うこの現在が、本当に特別な現在であることを皆に伝えたい。

その一心で話を続ける。

「ここで改めて歴史から目を背けて私たちの問題だけに注意を集中してみましょう」

佐那子は深いため息をついて、いやいやをするように首を左右に振る。

「兎にも角にも、森要の頭の良さとしぶとさ。

それに加えた執念深い実行力は毎回毎回、本当に尋常じゃないんです。

このターンではルーさんとユキさんの機転と能力が奇跡の様な仕事をしました。

第一回目の攻撃であいつの未来を完全に封じることができたのです。

初めてのことですよ?

私は思わず泣きじゃくるくらいに嬉しくて・・・」

佐那子は既に感情を抑える事なく、涙を流しながら話をしている。

「あの悪意が融けたタールみたいに臭くて黒くてべとべとしている・・・。

森要の粘着気質から逃れられたなんて夢のようなのです。

それから・・・。

ここだけの話。

アキちゃんって実は私もお初にお目に掛る新人なのですよ。

今までの時間線では一度も私たちと関わることはありませんでした。

もちろん今回の事件だって・・・私も初めて経験する状況ですから。

まったく先が読めないことについては皆さんと一緒です」

佐那子の口をつく希望と不安に皆は言葉を失う。

「このターンは私が悪戦苦闘してきたどの時間線よりも、みんなが一番笑っていられて幸せいっぱいなのです。

だから、私はこの特別なターンを永遠に続けたい・・・。

私は毎朝目覚める度、決意を新たにしています。みんなが大好きな真っ当なまどかさんであって欲しい。

この先もズーッと正気を保ったままのまどかさんで居てもらいたい。

そのためには、私たちは誰一人として欠けちゃいけないんです。

私たちの内の誰かが居なくなればまどかさんの心は閉じてしまいます。

それだけはこれまでの辛くて失敗続きだった経験から唯一・・・。

自信を持って断言できる確かなことなのです。

だから私はもう仲間の誰も死なせやしません・・・」

佐那子はもうそれ以上話すことができなかった。

もう私から幸せを奪わないで下さいと泣きじゃくる佐那子にルーシーと雪美が抱き付き時が経つ。

円たち以外に能力者が居るかもしれないという話から、佐那子の孤独で強い思いが吐露された。

円は拳で目を拭い洟をすすると、自分が果たすべき役割に思いを馳せた。

 

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