第18話 アプレゲールと呼んでくれ 22

 「問題は当日に観察された変態中年の動向ですよ。

我々もプロですからね。

かなり厳格な情報管制を布(し)いているつもりです。

関係者から漏れたのでなければ盗聴の線です。

こちらも今のところ確たる証拠は見つかっていません」

「人の口から漏れたって言うのはやっぱり考えられませんか?」

 

 円の声はげっそりと疲れ切っている。

先ほどまで乱闘状態だった女性三人は何事もなかったかのように仲良しだ。

円には、三人がむしろ目を輝かせて生き生きとした様子に見える。

上気した顔でクスクス笑いながら、お持たせの第二陣であるモンブランに取り掛かっている。

 思えば三つ巴の乱戦になった局面局面で妙に正確な流れ弾が飛んできた。

誤射ではないだろう。

のほほんと素知らぬ顔を決め込んでいる円が、八つ当たり的とばっちりを受けたと言うことだ。

お陰で乱闘の場外に居た円が女性陣より格段に酷い有様となっている。

 

 「そこは東都警備保障を信じてください。

防諜は完ぺきと自負してます。

何より部下は、私を怒らせるような真似は金輪際しないものと確信しております」

佐那子は爽やかに応じるとモンブランを一口、品よく形の良い唇に滑り込ませる。

「これはわたしの直感なのだけれど。

漏れなかった情報を変態中年が手に入れた。

その手段にこそ、わたしを付け回す理由が関係している気がする」

ルーシーは可愛らしく眉根を寄せて、熱いコーヒーを冷まそうとカップに息を吹きかける。

「・・・わたくしたちの知らないどこかの誰かが、情報収集の能力を使ってるとかですか?」

雪美の何気ない一言で三人の動きが止まる。

佐那子とルーシーのまなこが円にひたと照準を定めた。

 「・・・僕、学校では先輩や三島さん以外の女子とは最近、手を触れるどころかまともに口もきいてないぜ?

それは君らが一番よく知っているはずだよ。

どっちかひとりがいつも僕に張り付いているし。

おまけに三島さんのルーティンスキャンがあるから隠し事なんかできないし。

なんたって練鑑帰りだし。

みんなのお陰様々で僕は“すけこましのごろつき”っていう有難い二つ名で呼ばれてるんですけど。

荒畑が腹を抱えながら教えてくれたよ。

そんなこんなで学校じゃ僕って、いわゆるペルソナノングラータってやつなんだよ?

女子に手を触れるどころか、声なんか掛けただけで通報されちゃう勢いだからね?」    円が座った目でルーシーと雪美に視線を飛ばすと、ふたりは艶やかな笑みを浮かべてハイタッチする。

『してやったり!』と言わんばかりのふたりだった。

 「マドカの言いたいことは分かったわ。

確かにマドカが新しい誰かさんに能力を授けた。

というよりは、むしろわたし達以外にも、不思議な能力を持った人間が存在すると想定した方が自然ね」

「何処かに野良だか野生だか放し飼いの能力者が居るってこと?」

円の惚(とぼ)けた問いに、さんにんの少女が涙を流しながら笑い転げる。

「それ受けますよマドカ君」

雪美がツボにはまったと紅潮した顔で口を開く。

「もしかしたらわたしたちこそノラかもしれないけれどね。

宇宙には知的生命体が人間しかいないと断言するのと同じくらいに。

能力者は地球上にわたしたちしかいないと考えるのは滑稽なこと。

誰にも知られないように息をひそめているのか。

わたしたちが知らないだけでそこかしこで普通に暮らしているのか。

もしかすると秘密の管理機関だってあるかもしれないわ」

ルーシーは笑いが残る表情で、このところ温めていた考えを口にする。

「事件の背後には私たち以外の能力者がいる。

その線はありですね。

そいつが黒幕であり、裏で変態中年やら暴走族やらを操っている。

そう考えると全体のストーリーが繋がりませんか?

けれども、もしアンノウンの能力者がいるなら、そいつはどんな能力を持っているのでしょう。

なんにしろ、ルーさんをつけ狙う黒幕の動機と目的が全く分かりません。

黒幕に能力があると仮定しても、いったいどんな能力を使えば、関係者限定の秘匿情報を知ることができるのか。

今現在の私には見当もつきません。

実は私が失敗しちゃったこれまでの時間線でのことですが・・・。

どうやってまどかさんや私たちのことを嗅ぎつけたのやら。

能力者の連合体みたいな組織の接触を受けたことが何度かあります。

面白いことに、接触を受けたどの時間線でも組織の名前はおろか目的も違いました。

全体からすれば接触があったのは一部の時間線だけです。

接触がなかった時間線にもそうした組織が存在したどうかは不明です。

そもそも能力者が集う組織を待たない時間線だってたくさんあったのかもしれません」

佐那子は遠くを見る様な目をする。

円にとってはどこか懐かしい様な澄んだ瞳だった。


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