第18話 アプレゲールと呼んでくれ 21

 「デートじゃないって言ってるじゃないですか。

三島も僕も怪しい電話でまんまと誘き出されたんですよ」

「それこそ怪しいものね!」

「マドカ君酷い!

デートじゃないなんて。

乙女の純情を弄(もてあそ)んだのね!」

「何言ってるんですか先輩。

先輩がロージナで三島さんと情報の並列化していたのを、この目でちゃんと見ましたからね。

事情はご存知のはずですよ?

何よりあの後すぐに先輩だって僕たちに合流してですよ。

ふたりで楽しそうに夏目さんのことを扱き下ろしていたじゃないですか。

それにみ~し~ま~!

一年前のお前ならいざ知らず。

今のお前のどこをどうサンプリングしたらだ。

純情だなんて、まるで穢れを知らぬおぼこ娘みたいな要素が見つかるってんだよ!

寝言は寝てから言えよ」

「んまっ!

なんて失礼な!」

『俗に柳眉を逆立てるなんて言うけど、もし三島がゲジゲジ眉ならこうはいかんな』

円は本当に怒り始めた雪美の綺麗に弧を描く眉毛を眺めながら、この状況では完全に場違いな称賛の念を抱く。

ビシッとチョップを円の脳天にくらわした瞬間。

雪美もそのことを知り、たちまち円に対する戦意が削がれた。

 どうせ噓をついたってすぐにバレるのだ。

このところ円の雪美やルーシーに対する心象は、実に好意的で常に前向きなものに調整されている。

“触らぬ神に祟りなし”とは言うが“祟り神には褒め殺し”が最善手であることをすでに円は覚っているのだ。

男女の機微については未だお子様領域を抜け出せずにいる円である。

だが、生存本能はしっかり機能していた。

 

 「お三方の他者の介入を許さない。

三位一体的三重共依存に何か物申すつもりは御座いません。

ですが、時間の無駄でもありますのでね。

私の前でそうやっていちゃいちゃするのはお止めくださいまし」

今日の佐那子はタイトなビジネススーツで大人の女を演出して見せている。

佐那子はどこぞの社長秘書みたいなコスプレ伊達メガネの底で、童顔ながら鋭く細めた目を光らせる。

「三位一体的三重共依存?

僕はいつだって一方的に情報を搾取されている可哀そうな下僕ですよ?

そんな憐れな三下を、やんごとなき姫君ふたりと一緒にしないでください」

佐那子の言に少しシュンとなったルーシーと雪美である。

だがしかしお三方の一人である円のシレッとした態度に「マドカのくせに生意気!」と姦しさがいっそう楽し気に拡大する。

「まぁまぁ、お二方ともそのくらいにして差し上げなさいな。

まどかさんとは数えきれないくらいの人生を永遠とも思える長きに渡ってです。

何度も何度も繰り返し繰り返し手を携え生きぬいた私です。

大事な所なのでもう一度言いますね。

何度も何度も繰り返し繰り返しです。

まどかさんが何をどうしようと、私には阿吽の呼吸で分かってしまいますからね。

お二方の様にわざわざまどかさんの心を読むまでもありません。

まどかさんには、そもそも私たちに対して悪気なんて言うものはありませんよ?」

ルーシーと雪美の怒りが一瞬で沸点に達し今度は佐那子相手に喧嘩が始まる。

応戦する佐那子はなんだか嬉しそうだが、さすがに年の功もあり反撃の舌鋒は鋭い。

二対一の戦いではあるが佐那子が終始戦況を優勢にコントロールしたのは言うまでもない。

 

『また始まったよ』

戦場の外に弾き出された円は、ルーシーが淹れてくれたコーヒーに口をつけて一息つく。

『佐那子さんも何かというとこことは違う時間線のことを持ち出してさ。

ああして先輩や三島さんを挑発するけどな。

僕には全く身に覚えがないんだよ?

佐那子さんの話半分にしたってさ。

比較的うまくいったバージョンであっちの僕は、年上のおねーさんとあんなことやこんなことなんかしちゃって随分と良い思いもしているはず。

あっちの僕達は別人格、それはわかっているけど・・・。

想像してみるとなんだか赤面しちゃうよね』


 白十字のショートケーキは結構美味しい。

『今度ふーちゃんに買って帰ろうかな』

修羅場を目の前にしても動じず、円は更に明後日の方向へとぼんやり思いを巡らせる。

 ルーシーと雪美に知られれば只では済みそうもない不埒なことを考える円である。

加えて、いっかなシスコン成分も一向に減らない円だった。

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