第18話 アプレゲールと呼んでくれ 20

 変態中年は何から何まで、佐那子にとっては予想外の行動に終始した。

現場の判断で、国立から急きょ尾行がつけられはした。

だが、毎度おなじみになった新宿の雑踏でその姿を見失うこととなる。

 この日も監視されている池袋のアジトに変態中年が戻ることはなかった。

そもそも変態中年がアジトから出る様子も、監視チームは見ていなかったのだ。

ここしばらく変態中年はアジトに現れなかった。

そのことからも、敵は複数のアジトを構えている可能性が高いと判断された。

 このまま池袋のアジトに手下を張り付けておくコストを考えると、佐那子も内心焦りを禁じえない。

だが他のアジトが確認できていない以上、ここは踏ん張りどころと瘦せ我慢に徹することにした。

佐那子としては冬のボーナスをぶっこむ決意を固めたということになる。

 

 こう言っては身も蓋も無いが、敵方も一体全体どのような考えでいるのだろう。

たかが女子高生一人の動静を探るのに、いくら費用をかけるつもりなのか。

ルーシーの父親の仕事を考えれば、身代金目当ての誘拐も想定される。

そうであるからこそ、東都警備保障への支払いについては高木弁護士も協力的なのだ。

さすがに佐那子の自腹とルーシーのポケットマネーだけではここまでの体制を築いて維持はできなかったろう。

 それにしても敵方の布陣と動きが中途半端だった。

情報の収集に手厚く費用をかけていそうではある。

だが、直接投入されている人員は一見したところ変態中年ひとりと言うのは如何にも不自然だ。

 今回新たに確認できた事実は、変態中年が電話を使う連絡先=報告相手を持っているということである。

これまでの経緯からも変態中年が主犯とは考え難い。

彼が電話を掛けた報告相手こそ十中八九、依頼主=黒幕で間違いないと思われる。

とすればアジトまで用意して事に当たらせる。

そんな変態中年の主要業務が、ルーシーを尾行したり様子を観察するだけと言うのはどうだろう。

そこいらの興信所が請け負う浮気調査の費用を考えてみよう。

専従で仕事をしているならば、変態中年に支払われている報酬は相当な額になるはずだ。

 金銭面での解釈を拡張すれば、他にも経費の掛かり所がある。

アンダーグラウンドサイドからのルーシーや円への干渉だ。

暴走族も無報酬で荒事に手を染めることは無いだろう。

さすれば彼らにも資金が投入されているということだ。

金銭面から俯瞰すれば、黒幕=お金の出どころが関与していることは確実と言える。

 佐那子にとっては、多額の費用に見合う黒幕の意図を全く読めない。

そのことがなにより不気味だった。

それもこれもと考えると、やはり投じられた資金の大きさに比例する結末を予想せざるを得ない。

業界人としての佐那子は、敵が求める費用対効果を考えれば考えるほど。

黒幕の目的に対して底知れぬ脅威を感じるのだった。


 「・・・と言った訳で、まどかさんとユキさんがのほほんとデートしていた折も折。

この世のダークサイドでは私と私の手下が休日返上でエスピオナージに身命を捧げていたのですよ」

佐那子が円を睨みつけてイチゴの塊を口に放り込んだ。

お持たせは白十字のイチゴショートケーキである。

 「佐那子さんには本当にお世話になりっぱなしで」

ペコリと頭を下げたルーシーは、薄緑のカーディガンの上にいつものように白衣を羽織っている。

ルーシーは遅れてきた円のため、深入りにしたコロンビアの抽出に取り掛かっていた。

 雪美は素知らぬ顔でケーキを頬張っている。

どう言う加減か鼻の頭にクリームが乗っている。

お行儀の良い雪美しては妙に子供っぽい景色が円には気になった。




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