第18話 アプレゲールと呼んでくれ 15

 「ちょっとびっくり」

「だねー」

円と雪美は新たにお代わりのブレンドコーヒーをオーダーした。

『腰を落ち着けて長居しますよ』と言うお店への意思表示だった。

ふたりはさり気なく、階段に近い窓際に並ぶテーブル席の様子を伺う。

 ロージナの二階窓際に配置されたテーブル席は四人掛けだ。

北側に設えられた窓の下は画廊や画材店、喫茶店等が並ぶ路地になっている。

北側と言っても窓の面積は大きくとられている。

晴天の日であれば曇り空の外光程度の光が席を明るくするので、人の顔は表情まで良く分かる。

 「意外な組み合わせよね。

何がどうしてどんな化学反応を起こすと、ふたりでロージナに来るコース取りになるのかしら」

「・・・デートとか?」

「ンマッ!

マドカ君ったらショック?

妬ける?

胸が苦しい?」

雪美の口の端が面白そうという意味でニッと吊り上げられる。

「・・・どうだろ。

よくわかんないや」

「マドカ君だって今こうしてわたくしとデートしてる訳だしー。

ルーさんだって別にマドカ君と正式にお付き合いしていると言うことではないのだから。

もしあれがデートだとしても、傍からとやかく口を差し挟むべき案件ではないわ」

 男連れのルーシーが現れることで、雪美のテンションギアがロウからいきなりトップに入った。

要はそう言う事だった。

円を楽し気につつきまわしながら「浮気男に浮気女を責める資格なんかないわよ~」と雪美は朗らかに断言する。

「ぐうーっ」

「・・・ぐうの音はでるのね。

もしわたくしがどこかの誰かさんとデートしてたら、マドカ君はどう思って?」

「ぐうーっ」

「やっぱりぐうの音がでちゃうのね」

雪美が嬉しそうな笑い声を立てる。

「マドカ君が嫉妬しなければならないほど?

わたくしたちはマドカ君に束縛されてないしー。

緊縛もされたことないけどねー」

「なんだよその緊縛って。

三島さんは手込めだとか緊縛だとか。

憶えのない束縛はともかくとしたってだよ。

なんだか人間関係を説明するときの用語選択が変だよ?

それにそもそも僕たち今日、デートしてるの?」

 円が仏頂面になったのは雪美のせいばかりとは言えない。

だが雪美の愉快極まりないという態度は更に亢進して、ギアはオーバートップに入った。

「えーっ!

わたくしたちみたいな男女のどん詰まった愛情関係って。

袋小路の付きあたりで繰り広げられる狂喜乱舞な真昼の情事。

絶体絶命っぽい崖っぷちで欲望をぶつけ合う組んず解(ほぐ)れつなSMプレーそのものよ?

それに割りない仲の女と男。

わたくしとマドカ君のことね。

それがこうしてしっぽりと逢瀬を楽しんでいるのだもの。

これはもうデートと言うよりは、そうね・・・。

逢引き以外の何ものでもないわ。

ついでにルーさんと夏目さんのも“逢引き”ってことでよろしく!」

「ついでにってなんだよ・・・。

それにこの場で牛と豚の挽肉ミックスがどう関係してくるのかが僕にはさっぱりだよ。

僕はちょくちょく。

もとい。

話をする度に三島さんっていう人のことが全くの理解不可能になるんだ」

「まあ、嬉しい。

神秘的女であることに賭けるわたくしの矜持が、マドカ君のいやらしい指先で淫靡に愛撫されるようで・・・。

とっても気持ちが良いわ。

だから逢引きと合い挽きを混同するマドカ君の無知無教養は勘弁してあげる」

雪美が妖艶な笑みを浮かべる。

「・・・ミ・シ・マ~お前、いったい何言ってんだ?」

「・・・冗談はさておき。

安心なさい。

ルーさんからわたくし、佐那子さん、アキちゃんに至るまで、まどか君への愛はね。

“エネルギー弁閉鎖”

“エネルギー充填開始”

“セイフティーロック、解除”

“ターゲットスコープ、オープン”

“電影クロスゲージ明度20”

“エネルギー充填120%”

“対ショック、 対閃光防御”

“最終セイフティー、解除”  *アニメ宇宙戦艦ヤマトより

って言うことで、準備万端いつでもどこでも自由自在に発射可能よ?

わたくしたちの愛の波動は、わたくしの灰色の頭脳が定期的に確認しているわ。

こうなるとわたくしたちのマドカ君への愛はもう死ぬまで。

いいえ死んですら未来永劫解けない呪いも同然!

どうだ?

まいったか!」

その口調とは裏腹に、雪美が清らかに透き通る微笑みを浮かべる。


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