第18話 アプレゲールと呼んでくれ 16

 「・・・質の悪い冗談のようにしか聞こえないんだけど」

ルーシーに感じたモヤモヤは、波動砲が命中したガミラス艦みたいにきれいさっぱり消し飛ぶ。

同時に妖しい冷汗が背中を滝のように流れ落ち始める。

「今のマドカ君には金輪際分からないことね。

・・・わたくしたちたちを弄(もてあそ)んで女の子の大事なものを奪ったからには、責任・・・。

取ってもらいますよ?」

「山口百恵じゃないんだからさ。

リアルライフをフィクションで推敲するなよ」

円はギョッとした顔付であたりをきょろきょろ見回す。

 雪美はしれっとした表情でコーヒーカップを口元に持っていく。

雪美の流れるような所作には、ルーシーの影響もあってなのか。

生来の行儀良さに一段と磨きが掛かっている。

今日は特に、春頃とは見違えるような優雅さまで見て取れる。

入学当初の雪美は、いかにも融通の利かなそうな真面目だが陰気で野暮ったい少女だった。

それがどうだろう。

今では見違える様では無いか。

鈍感とかボンクラとくさされる円だって、雪美のメタモルには目を見張る。


『あの懐かしい昭和の優等生を絵に描いた様な委員長キャラはどこ行った?』


円はすっかり変わってしまった雪美の人品骨柄に、少しく哀惜を感じざるを得ない。

正直なところ円は、知り合ったばかりの頃の地味で根暗そうな雪美に、密やかな親近感と愛着を覚えていたのだ。


 「るーさんは俯いていたのでわたくしたちには気付かなかったみたい。

けれど、夏目さんはしっかり分かっていたと思う。

というよりはこちらを確認しているような感じだったわね」

ルーシーの同伴者は驚くことなかれ、夏目総司だったのだ。

「確認?」

「そう。

あっ、いたいたみたいな?」

雪美はソーサーに乗せたカップをテーブルに戻し窓際の方を伺う。

「どういうことかな」

「さあ、どういうことかしら。

デートにしろなんにしろ、この間アキちゃんとの待ち合わせの日にトラブルがあったでしょ?」

「ああ、先輩がキャベツ畑で暴走族に囲まれちゃって。

危ないところを夏目さんに助けてもらったっていうあれ?」

雪美の瞳がなぜかキランと光る。

「そう、あれ以来。

ルーさんってば、夏目さんと接近遭遇する機会が増えたらしいわ」

「接近遭遇?」

「そう接近遭遇。

廊下で鉢合わせしたり、街中でばったり出会ったり。

今までそんなことってなかった。

あるいは気付かなかったみたいだけれどもね、ルーさん。

夏目さんには去年の事件で力になってもらったり。

この間はピンチから救ってもらったり。

恩義もあるので顔を合わせればお愛想のひとつやふたつ。

それが、みっつよっつになってまだまだ増えそうってルーさん、困惑しきりね。

それが積もり積もって、今日の“逢引き”へと転がり落ちる結果になったのかもしれないわ」

「知らなかったな。

・・・逢引きって転がり落ちるものなの?

それも僕知らなかったな」

「戦前のイギリス映画。

<逢びき>ってしりません?

既婚者同士のドツボな恋愛譚ですからね。

逢引きと言えば転がり落ちるでしょ。

名画座に時々掛かってますよ?

・・・そのことはともかくとして。

ルーさんのことはマドカ君に話してないもの。

ルーさんはああ言う人ですからね。

マドカ君には余計な気を遣わせたくないの。

夏目さんってルックスは極上だし学業成績も優秀で、大層オモテになる殿方だしー。

と言う訳で、夏目さんをストーカー認定する訳にもいかず、ルーさんも扱いに困ってるの」

「夏目さん受験なのに余裕ぶっこいてるな」

「知らなかったの?

もう慶応に学校推薦決まってるわよ?

今年の枠は夏目さんで決まり。

わたくしの見るところ、夏目さんは前々からルーさんのことを狙っていたわね。

この間の事件でチャンス到来?

実績を引っ提げて、ルーさんに堂々とアプローチっていう筋書きでしょ」

円が酢を飲んだようような表情をすると、雪美が再び面白そうに大きな瞳で笑う。

「ひとつひとつ数え上げるまでもなく、夏目さんとマドカ君じゃ月とスッポン。

天地程に搭載しているスペックの開きがありすぎるもの。

マドカ君がマドカ君でなけりゃ今頃、ルーさんと夏目さんは国府高校のゴールデンカップルになっていたでしょうよ。

ここがアメリカなら、プロムで語り草になるくらいお似合いなふたりになったはず。

わたくしだってねぇ」

雪美はじろじろと無遠慮に円を値踏みして見せる。

「・・・」

「今度はぐうの音もでない?

でもマドカ君はマドカ君だもの。

わたくしがよーく知っている。

自信をいまひとつ持ちきれないチキンな加納円も可愛くて大好きだけどね。

マドカ君はわたくしたちしか知らない命がけの愛情でいっぱいだもの・・・。

も少し傲慢かまして、よかですよ?」

円としては、下げたり上げたり散々の酷い言われようだ。

だが、雪美には本心を丸ごと無意識の層を含めた隅々まで知られている。

そうである以上、円は雪美に抗う手立てを見つけることができない。

 


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