第18話 アプレゲールと呼んでくれ 14

 ルーシー遭難からしばらく経ったとある日曜日の午後。

円と雪美は国立のロージナで、しかめっ面を突き合わせて愚痴り合っている。

ここ最近の円や“あきれたがーるず”の萬(よろず)周辺事情を鑑みれば。

何か周到な意図が隠されたイベントには違い無かろう。

だが今一つ企画者の意図と目的を推し量れない。

 円と雪美は謎の人物からそれぞれの名を騙(かた)るニセの呼び出し電話を受けたのだ。

想定外のことでもあり、ふたりはこうしてまんまとロージナまでおびき出されてしまった。

 電話による伝言は短かかった。

伝言はたまたま受話器を取った家人。

雪美の母親と双葉に切迫したような早口で伝えられた。

いずれの電話も家人が何か一言二言でも問い返す前に、一方的に切られた。

それは各々に共通していた。

明らかに不審な電話である。

しかし雪美の母親もルーシーの厄介ごとをそれとなく知らされている。

双葉に至っては関係者として深く関わっている。

そのことが油断を生んだ。

ふたりともすぐさまルーシーがらみの大事と捉えたのだった。

 円の三島家における信用度はかなり高めに設定されている。

方や雪美は双葉にとり、年下ながら親しい友人のひとりである。

指定された会合場所はロージナ茶房と言う両家には馴染み深い喫茶店だ。

ロージナと言うワードは、ことさら彼女達の警戒心を緩めるファクターのひとつだったろう。

 加えて、雪美の母も双葉もそこそこお育ちが良い。

そのせいか、よその誰かの悪意に晒されるという経験に乏しい。

善良と太鼓判を押せる人柄も手伝って、悪意を悪意として上手く認識できない天然自然の純朴さ。

そんな清く正しい了見を心に満たして、ふたりはこれまでの身過ぎ世過ぎを差配してきたのだったか?


 「三島さんのおかあさんはともかくとして、ふーちゃんが友達の声を誤認するなんてさ。

聴音が得意だなんて自慢してるけどさ。

この失態は僕にとって、いずれふーちゃんの足元をさらう為の強力な手札に成るね」

「それはどうかな。

エニグマが聞こえたのでしょ。

双葉さんの脳みそが無意識ながら怪しいと判断してたのは確かよ。

双葉さんはルーさんのことがとっても心配なの。

それを前提とすれば、わたくしからの無駄話なしの危急の連絡と言うのがカギね。

ルーさんの一大事と頭の中でむすびついちゃって錯覚を起こしたのでしょ」

『注意を向けるべき視点が違うわ』と、呆れ顔になる雪美である。

その雪美が突然、大きな目を更に大きく見開いて形の良い唇をぽかんと丸くした。

 ふたりは二階のいつもの定位置に腰を下ろしている。

双葉の躾もあり女性と喫茶店に入ったときは奥の席に相手を座らせる。

それは円の習い性の一つだ。

 雪美のびっくり顔はその視線の先が階段の昇降口に向いている。

丁度二階に上がってきた人間に対しての表情であるのは確かだろう。

円はさりげなく背後を振り返って見た。

 

 

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