第18話 アプレゲールと呼んでくれ 13

 ルーシーは高機動オークが横をする抜けて行くやいなや鞄を投げ捨てる。

そうして畑に半ば頭を突っ込んで蹲る夏目会長に駈け寄った。

ルーシーのアルウェンと暴走族のオークは見るからにはまり役である。

しかし夏目にアラゴルンと言う役回りは、ちと荷が重すぎるようだった。

 「夏目さんわたしの声が聞こえますか。

直ぐに助けが来ます」

「・・・毛利さん。

カッコ悪いところ見せちゃったなぁ。

俺、無我夢中だったんだけどドラマみたいな訳にはいかないね。

・・・110番はブラフだよ。

少しは効果があったのかな」

夏目会長は時おりえずきながらも自嘲の笑いを口にする。

「そんなことありません。

夏目さんがいらしてくださらなければ。

わたしだってどうなっていたことか。

・・・素敵でしたよ」

ルーシーがハンカチを差し出して夏目会長の背中をさすり始める。

 そこでようやく、大慌ての黒服達が駆け付けた。

遅ればせながらという感が大ありである。

夏目会長は黒服に助け起こされると、直ちに車に乗せられて病院に運ばれる。

もちろんのことルーシーも同行する。

そうしてルーシーは蒼褪めて目を閉じる夏目会長の手を握ったまま。

感謝の言葉を交えながら終始彼を励まし続けた。

 国分寺の駅頭でルーシーを待つ円以下雪美と晶子の三人は、別働の黒服にルーシー遭難の一報を受ける。

三人はそのまま大事を取り、黒服がそれぞれの自宅まで車で送り届けた。

事の委細は病院に駆けつけて状況をまとめた佐那子が、各人へと電話連絡の形で報告することとなる。

こうしてルーシーに対する暴走族の具体的なアクションが現実化し、一人の部外者を巻き込む形で禍根を残すことになる。

この一件は荒畑の懸念を“今そこにある危機”へと格上げする明瞭な根拠となった。


 「しっかし、どういうことかしら」

雪美は不機嫌そうに熱々のココアを冷まそうと、形の良い唇をすぼめて息を吹きかる。

「知らねーよ。

僕が聞きたいくらいだよ」

ロージナ茶房のブレンドは味的には可もなく不可もない。

だが円の不機嫌を慰めるべく香りだけはふくよかに立ち昇らせている。

そこはお値段以上と言えた。

 ソーサーに取り分けたコーヒーシュガーをがりがりと齧りながらのこと。

円はもう一口、悪魔のように黒く恋のように甘い液体を啜る。

「さてこれから本屋さんにでも出かけましょ。そうして明日から始まる新しい週へのモチベーションを上げましょ。

なーんて思っていた所にマドカ君からの伝言よ」

「こっちだってSFマガジンと奇想天外を傍らに置いてさ。

熱いお茶とミカンを盛ったざるを用意したところだったんだぜ」

「うちのお母さんも好い加減まどか君の声くらい、ちゃんと認識してほしいものだわ」

「それはこちらも御同様。

ふーちゃんは耳が良いのが自慢なくせにさ。『ユキちゃんから急ぎの用があるってお電話があったわ。

一時間後にロージナで待ってるって。

なんか酷い風邪をひいてるみたい。

ユキちゃんのガラガラ声を聞いてたら、エルガーのエニグマ変奏曲ピアノ版が中途半端な感じで頭の中に流れたわね。

なぜかしら?』

なんて言ってたぜ」

「風邪なんかひいてないわよ」

「ですよねー?」

 

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