第16話 あきれたガールズ爆誕 10

 佐那子はレポートに目を落としながら、晶子を一人前の大人のように扱う。

辛い記憶に懊悩しついには自死を選ぶほどに思い詰めた晶子である。

その晶子が会話を交わしてみれば年成以上に聡明な少女だった。

佐那子は聡明であるが故に、絶望を完全に受け入れてしまった晶子を、子供扱いできない。

 佐那子は絶望を記憶から消すことが不可能なことを知っている。

作戦に失敗し円の死を繰り返し看取った絶望感は佐那子にPTSDを引き起こしている。

元気に減らず口を叩く円を目の前にしていてさえ、フラッシュバックが起きて突然涙が流れ出すことがある。

そんな時、まだ子供のくせに円は震える佐那子の手をそっと握ってくれる。

 絶望の記憶から逃れることなどできないことを、佐那子は自らの身に染みて理解している。

佐那子にとっての絶望に対する唯一の対抗策は、絶望を飼いならして宿主に鋭い牙を立てないように躾ける事だった。

延々と繰り返される時間ループの中で、佐那子はそれに気付いた。

佐那子は気が遠くなるくらいの長い実年月を費やして絶望を飼い慣らした。

その結果なんとか正気を保ちながら、からくも生き残ることができたのだ。

 PTSDによるフラッシュバックは起きる。

けれども佐那子は今幸せだ。

それが能力に付随する円への満腔の愛であるとしても気にはならない。

何となればあれだけの悲しみを重ねて今にたどり着いたのだ。

ルーシーや雪美にどんなに叱られたって是非もない。

時折、円に抱きついたり唇を奪うのは当然のご褒美だと思っている。

だからこそ、下手なごまかしや優しい嘘は、晶子が改めて生き始めようとする意志の邪魔になる。

佐那子にはそのことが良く分かっている。

 個人的には内心忸怩たるものがある。

だが佐那子に円が居るように、すでに晶子にも円が居る。

自分の経験から考えても、円が身近に居さえすれば良い。

晶子は絶望を忘れることはできないだろうが、再び絶望に飲み込まれることはあるまい。

能力を得たならば円への愛情は漏れなく付いてくるのだ。

だから晶子の絶望について、佐那子は円を頼りに高をくくることにした。

 

 佐那子はこの世に一人きりの男性に思いを定めてしまっている。

繰り返されたリライフでも強まるばかりだった思いは、どうあってもこの先変わるとは思えない。

そんな佐那子ののっぴきならぬ潔癖は剣呑だ。佐那子の潔癖は、晶子の母親や愛人の弁護士に対する嫌悪と怒りを、ことさら苛烈にする。

自然と佐那子が立案した晶子救済作戦は、母親と愛人に対して容赦のないものになった。

 晶子に取り何よりの希望と喜びに繋がる存在は父親である。

佐那子はそのことを知っている。

佐那子は一番初めに父親の最新情報を手に入れて、晶子から失われた年月を取り戻す算段を立てた。。

更には晶子の信託財産を管理している弁護士事務所と連絡を取りあって、信託要件を具体化する根廻しを済ませた。

機を見て父親にかかる疑惑を晴らし、後見人として指名できるように準備を進めたのだ。

自死を選ぶまでに晶子を追い詰めた不潔な大人達に、佐那子が遠慮する理由はどこにもなかった。


 「谷崎弁護士とお母さまにとって、お父様がサバティカルで海外にいらした。

それは計画の立案と実行にとってはもっけの幸い、本当に好都合なことでした。

お二人は汚らしい悪知恵に長けている言うか何と言うか。

鬼畜の所業が平気でできる方達です。

家庭内暴力をでっち上げてお父様と晶子さんの交流を法的に遮断する。

そのあとで離婚に持ち込む絵を描く。

狡賢い悪徳弁護士としては造作もない作業だったのでしょう。

家庭内暴力に対する刑事告訴は仮に立件に及ばなくても、お父様の帰国を阻む時間稼ぎとしては、ご承知の通り実に有効でした。

晶子さんが体調を崩して早退したときに目撃した状況は消せません。

例え晶子さんが理解していなくても、晶子さんの口からその事実をお父様が知ってしまえば、万事休すですからね」 

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