第16話 あきれたガールズ爆誕 7
晶子は高熱を発して三日ほど寝込んだ。
その間の記憶はかなり曖昧だ。
毎日主治医の往診を受けたことや、心配顔の祖父母の様子を断片的に覚えているだけである。
ただ、晶子の心細さをさておいて、妙によそよそしい母親の振る舞いは変だった。
ただ、母親が時折祖父母と言い争う声だけは、訳の分からぬ子供心を悲しくそして苦しくさせた。
当時の晶子には、あの日以来、母親と祖父母の間に生じた緊張関係の意味をまるで理解できなかった。
母親と祖父母の不仲による心痛は、発熱による苦痛を上回るくらいに晶子を苦しめた。
しかし床上げするまでの一週間ほどの日々はある意味気が楽だった。
楽しくなくっていたバイオリンの練習や、憂鬱だった音楽の仕事を、堂々と休めたからだ。
それだけは、ほんの少しだけ彼女の心を軽くした。
「パパは大学のサバティカルでアメリカにいました。
七月には帰国の予定で、おみやげをいっぱい約束したのに・・・あれから七年。
私は一度もパパに会っていないのです」
晶子は目を伏せて唇を噛んだ。
「秋吉さんのお父様は現在、アメリカの東部にある大学に研究者として在籍しておられます。
お父様とお母様の離婚については何か事情を聞いておられますか?」
佐那子がブリーフケースから新たなファイルを取り出す。
「なにも。
母親はただパパとはもう夫婦としてやっていけなくなった。
だからお別れしたと告げられただけです」
四人の間に沈黙の時が流れた。
「・・・帰宅したときの母親の慌てた様子。
・・・弁護士の横顔。
・・・理由は分かりませんでした。
けれど、子供心ながら何故かそのことに触れてはいけないような気がして。
・・・母親はわたくしが今でも何も知らないと思っているのでしょうか。
私だっていつまでも物を知らない子供ではいられません。
中学に上がってしばらくする頃には、あの日の意味が理解できました」
晶子の表情が明らかに嫌悪感とわかる色を浮かべた。
「母親が家族の暮らす家で何をしていたのか知ろうとは思わないですし、理由なんて分かりたくもありません。
パパにしてみれば離婚は当然だと思います。
でもパパはどうして私を迎えに来てくださらなかったのでしょう。
パパと母親のどちらかを選べと言われたなら。
あのときはまだほんの子供でしたけど、私は躊躇いなくパパを選んだでしょう。
私を引き取ることも・・・。
会うことも敵わなかったのなら、せめてお手紙でもお電話でも・・・。
あのようなことになるまで週に一回はお手紙をやりとりしていたし。
お電話だって月に一二度は掛けて下さっていたのに。
・・・いくらでも手段はあったはずなのに。
・・・母親のせいでパパは私のことも一緒に嫌いになってしまったのでしょうか」
晶子の瞳の色は暗く沈んだ。
母親の不行跡にはじまる父親の不在と平穏だった日常の喪失。
そのことの意味を日々自問自答し続けてき苦悩が、彼女の様子からは痛いほどに見て取れる。
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