第16話 あきれたガールズ爆誕 6

 晶子はその才能が世間に注目されるまでは流れていたはずの、穏やかで懐かしい家族の時間をまったく語ろうとはしない。

ルーシーは和気あいあいと弦楽三重奏を楽しむ家族の美しい姿を想像しそのことに少し触れてみた。

しかしそれに対して直截的な言葉は無かったものの、晶子の強い否定の意志を感じてしまったのだ。

ルーシーは質問したことを後悔するだけではなく、同時になんともやりきれない思いを抱いた。

 「パパは私が演奏活動をすることには賛成でした。

だけど学校にきちんと通い家族みんなで揃って食事をしたり遊ぶことを優先する。

私と交わしたそんな約束をとても大切にしていました。

私の演奏活動が注目されるにつれ、母親がほとんど反故にしてしまいました。

パパはそのことでたいそう胸を痛めていました。

それでもパパが母親を責める事はなかったと思います。

ただ一度、学校をお休みして仕事をさせられた時のことです。

いつもは優しいパパなのに、恐い顔で母親を叱ったことがありました。

あんな母親でもまだ少しは罪悪感を感じることが出来たのでしょう。

それからは、少なくともパパの目があった内は、私も仕事を理由に学校を休まずにすみました」

晶子の口跡は中学生とは思えないほどに大人びていて語彙も豊かである。

彼女の地頭の良さが察せられる話しぶりだった。

「家庭的な良いお父様だったのですね」

雪美が口にした何気ない一言で晶子は言葉を詰まらせた。

「・・・私はパパが大好きでした。

いえ、今でも大好きです。

全てを壊したのは・・・あの母親です」

晶子の顔は青ざめ暫くは言葉を継げないようだった。

唇を噛んで俯く晶子はやがて何事かを決したように顔を上げる。

そうして声を震わせて、いつの時代どんな世の中であっても、幸せな子供が絶対に持ってはいけない記憶について語りはじめた。

「私、見てしまったんです。

あれは、小学・・・三年生になってしばらくたった・・・。

そう、玄関先に紫陽花の花が咲いていましたから六月・・・梅雨時のことでした」

 その日晶子は、一時限の授業が始まった頃から体の不調を感じていた。

心なしか熱っぽいような感じで少し吐き気もある。

いつものように授業に集中することが難しいし、仲の良い友達と話すのも億劫だった。

クラスの仲良しは始業前から晶子の体調不良を知っていた。

休みに時間には皆で心配してもくれた。

二時限目が終わる頃には遅まきながら、担任の教師も顔色が優れない彼女の異変に気付いた。

次の休み時間に連れていかれた保健室では熱を計り簡単な問診をうけた。

その時の保健教諭の意見もあり、担任は晶子を帰宅させることにする。

早速自宅に電話を入れるが母親は不在のようだ。

緊急連絡先の音楽事務所に問い合わせた所、今日は在宅の予定になっていると言う。

担任の教師は改めて晶子にスケジュールを確認したが、彼女の知る限りでも母親が在宅していることは確かそうだ。

担任は念のため予備の連絡先である都内在住の祖父母宅に事情説明の電話を入れた。

その上で、学校契約のハイヤーを呼び晶子を帰宅の途に就かせた。

 晶子が自宅に着くと玄関には鍵がかかっており、母親はまだ外出中の様だった。

近所への買い物に出たにしては時間が掛かりすぎている様な気もする。

だがじきに、心配した祖父母もやって来ることだしと、晶子は自分の鍵を取り出して家の中に入った。

熱のせいか頭がぼうっとしていて、あるはずのない紳士靴が玄関のたたきに揃えられていることに晶子は気が付かなかった。

だるい身体を何とか居間まで運び制服のままソファにへたり込んでいると、何やら慌てた様子の母親が奥から現れた。

いつもなら入浴後にしか身に着けないローブをまとった母親はその時、眼鏡をはずしていてしっとり髪が濡れていた。

家にいたのにも関わらず、電話に出なかったり玄関が施錠されていたことに、晶子は子供心ながら微かな不信感を抱いた。

だが母親の顔を見た安心感がそうさせたのか。

晶子は半ば気を失うように眠りに落ちた。

悲鳴を上げて晶子を抱き上げる母親の肩越しに、なぜか顔見知りの弁護士の顔が見えた。

そのことが、朦朧とした意識の中ながら彼女の記憶に強く刻印された。





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