第16話 あきれたガールズ爆誕 5

 晶子は小金と引き換えにイエスを売ったユダとは違う。

自分可愛さのあまり嘘をついて裏切りを働いたペトロとも違う。

ましてや、保身の為に口を噤んで逃げ出した他の使徒とも別種の人間だった。

 晶子は自分が能力関連問題の当事者であることを理解した。

『この先降りかかるかもしれない火の粉を甘んじてかぶり、火中にも喜んで身を投じよう』

晶子は円を巡る密約の仲間になる決意をその場で心に誓った。

 絵空事であると思い込む先入観を克服できさえすればよい。

その意味で、晶子にとって超能力を受け入れるのは簡単だったかもしれない。

超能力と言う代物が、彼女の大好きなSFやファンタジーでは、ありふれた題材だったこともある。


『この世界は超能力が実在するとんでもない世界である』


なんとなればSFファンの晶子として考察すればどうだろう。

“超能力世界の設定”の甘さや綻びを幾つか指摘できそうな気がする。

それがSFファンとしての偽らざるところだ。

 だが晶子は、せっかくのミラクルに水を差す気なぞ毛頭ない。

それはなんだかワクワクし始めた彼女の、新しい仲間に対する罪のない内緒ごととなった。

 

 能力という今回の一連の騒動における核心部分が晶子の腑に落ちたところで、ひとつ話を進める用意が整った。

それは雪美言うところの“円の手込め”についての説明である。

“円の手込め”で晶子自身に生じた能力については、三人娘の“手込め”経験を交えて詳しく解説された。

 晶子に生じた能力が原因となって円が窮地に陥ったこと。

それも時系列に沿って論理的に説明が施された。

晶子が持つ疑念は晴らされ、彼女の密やかなる推測は確信に変わる。

彼女もまた“超能力世界”のインサイダーになったのだ。 

 晶子は円に対して芽生えた切ない思い以上に自分に生じた能力に胸が弾んだ。

まだ中学生である晶子にとっては訳の分からない恋心より、中二病的絵空事が現実化したことに目が向く。

 その超能力は円に触れないと発現しない。

望んで得た力ではないし、超能力としては真に不便な起動条件ではある。

だが、まだあげ初めし前髪をいじる晶子は、何故かそれが嬉しい。

不便が嬉しいのはどうしてだろう。

その意味が晶子にはまだ分からない。


 「母親が変わってしまったのは、私のバイオリンが人に認められるようになってからだと思います。

私はバイオリンを弾くのが好きでした。

なによりパパに練習の成果を聞いてもらうことが、いつでもすごく嬉しかったのです」

晶子は自身の生い立ちを静かに語りだした。

ルーシーや雪美にとっては、何度も読み返した膨大な調査書の行間や欄外を埋める聞き取りになる。

佐那子にとっては、手掛けた仕事に対する信頼性を自己評価する場になった。

 「パパはチェロが弾けるのですけれど、二人で演奏するとそれはそれは楽しくて・・・。

パパと一緒だと先生や母親が要求する音とはまったく違った響きが出せました。

私はそれがほんとうに嬉しくて仕方がありませんでした」

「お母様も元はバイオリニストでいらっしゃったと仄聞しております。

そうするとお父様とだけではなく御家族で三重奏をなさることもあったのですか?」

ルーシーが少し首をかしげて晶子の目を覗き込んだ。

「・・・わたくしの演奏が皆さまに褒められるようになってからは一度も」

言葉はそこで途切れた。

 

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