第16話 あきれたガールズ爆誕 4

 歴史を紐解けば、あなたは若者の運命を簡単に予想することが出来るだろう。

若者が現代に現れればポンコツな中二病患者で済めば実に運が良い。

ひとつボタンを掛け違えれば詐欺師だの。

胡散臭い新興宗教の教祖だの。

ヤク中のいかれたニートだの。

それこそ数多の誹謗中傷に晒されるだろう。

そうして散々酷い扱いを受けたあげく、行先は精神病院の隔離病棟か刑務所と言うことになるに違いない。

 言うまでもなく迷信がブイブイと幅を利かせていた時代でも若者の命運は知れたものだ。

若者が中世ヨーロッパに現れれば問答無用で火炙りは確実だ。

神話の時代やギリシャ・ローマの世であればどうだろう。

若者は悪魔や魔女扱いされて、早晩殺されるか追放の憂き目にあったろうか。

 若者が持つ力はどんな時代や地域にあっても胡散臭いものだ。

若者の行為は普通の人々が生きるよすがとする、せいぜい半径百人程度の村社会的常識や規範をどうしようもなく外れてしまう。

若者の言葉と行動は、大抵はコミュニティー内で力を持つ者の機嫌を損ねてしまうのだ。

 そもそもホモサピの意識は、多くて五百人程度の氏族内で生きることに最適化されていると言う。

目配りができる五百人の中に異分子が紛れ込むと、氏族の存続に不利に働いたろうか。

あるいは氏族を滅ぼす異分子を、あぶり出しやすい人数の上限が五百人だったろうか。

いずれにせよ、ホモサピが持っていたかもしれない異分子に寛容な遺伝形質は淘汰されていった。

時代を降るにつれ、ホモサピには排他的な遺伝傾向が決定付けられていったのだ。

 そうして我々ホモサピは自分と氏族の未来を守るため。

同時に族長の地位を安堵するために進化し、ある種の完成形に至った。

ホモサピは異分子が弱ければ虐めて追い払い、強ければ寄って集って嬲り殺しにする形質を獲得したのだ。

 法が人権を約束する現代であってもホモサピの本質は変わらない。

超能力者がある集団内で認知されればその運命は火を見るより明らかだろう。

 空を飛べない能無しの人間同士でさえ、誰かを異分子認定できれば脊髄反射のように迫害を始める。

例えば、おおっぴらに貧乏を愚痴っただけで治安維持法は小林多喜二を殺す。

例えば、マッカーシーは非米活動委員会を作って赤狩りに興ずる。

例えば、3年B組のモブっ子である太郎君は上位カーストの花子さんのキモい認定で引き篭もりになるのだ。

 

 円と彼を取り巻く愉快な仲間たちは知っている。

氏族の皆様に知られてはならない、究極の異分子が現実に存在することを。

自分たちがその異分子であることを。

 

 秋吉晶子の通っている女子校はプロテスタントの教団が経営する学校である。

当然のこと、信仰とそれにまつわる奇跡については幼少の頃から馴染みがある。

加えて彼女のSFファンタジー好きと言う意外な一面が功を奏した。

 前振りで聖書から例えを引きながら、ルーシーが実際に水平滑走をして見せた。

その上で、円の能力で助けられたり楽しんだあれこれを、三人娘が自分の体験談として晶子に話して聞かせた。

 晶子にも彼女自身が投身自殺を試みて、かすり傷一つ負わなかった奇跡の実体験がある。

その記憶を、今度は三人娘に対し自分の言葉で逐一語らせた。

そこまでして、恐る恐るながらではあるが晶子の閉じられた盲が開いた。

 想像の世界にしか存在しない。

そう思っていた超能力の実在を確信した瞬間、晶子はしばし現世(うつしよ)を忘れ白昼夢に捕われた。

それは自分が古い大きな群れの一員ではなくなってしまったことへの、恐れや逡巡だったろうか。

あるいは、新しい小さな群れに迎え入れられた事への、安堵や感謝だったろうか。

もしかすると、SFやファンタジー世界の一員となったことへのオタク的感動も少しはあったかも知れない。

 数十秒間目を閉じていた晶子は、その間呼吸もしていなかったろう。

静かに見守る三人娘の目の前で、やがて彼女は深々と息をつく。

そうして新生児のように規則正しい呼吸をはじめて、大きな目を見開いた。

くっきりとした二重目蓋と長いまつ毛の下で、少し青みが掛かって見える瞳に翳りは見えない。

 この世界には奇跡を顕現する聖人や魔法使い、はたまた超能力者の類が実在している。

晶子はそのことを、きっぱりと受け入れたのだった。

 

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