第16話 あきれたガールズ爆誕 3  

 昭和と言う時代が終末に向かう頃のこと。

21世紀はまだまだ遠い未来だった。

そんな1970年代にはパソコンもスマホも、当然のことながらインターネットも存在しない。

情報は紙媒体やテレビラジオで広まり、通信の手段は電電公社と郵政省が握っていた。

あなたが生きる狭い世間では、悪いうわさや誹謗中傷は主に口コミで伝搬した。

口コミはネットに比べ段違いに匿名性が低いので、悪意ある者や正義面した偽善者の自制も効きやすかったろう。

有難いことに口コミでは、個人情報を世界中にそれも半永久的に拡散すると言う惨事を引き起こすことができなかった。

 しかし口コミでコミュニティーの中に広がっていく“世間様に顔向けできない”ことをしでかした人間の悪評は、今以上に深刻な咎となった。

村八分という概念がまだ生き生きと機能していた時代である。

お優しい誰かが疑問を感じ、あなたを庇おうと情報収集をはじめても時間がかかる。

多様な意見や類似例をYahooやGoogleで検索することはできない。

あなたの言葉に嘘がないと証明したり、うやむやにするのは大層難しかったろう。

 あの時代、剣と魔法は“指輪物語”の中で上品な演者たちに操られていた。

異世界の物語は、子供や好事家に愛されるだけの特別なジャンルだった。

剣と魔法。

エルフやゴブリン。

更には火を吹く竜も。

後年、ドラゴンクエストを皮切りに、ゲームやラノベ世界に引用される未来を静かに待っていた。

もちろん中二病なぞを患う人間はまだいない。

当世流行りのオカルトやノストラダムスから、変な電波を受けた一部のファンダムの間に、その萌芽が見て取れるに過ぎなかった。

 だから『超能力者を知っている』、『超能力の発現をこの目で見た』などという言わば世迷言を語ることは身の破滅を意味したろう。

それを声高に語ることは昭和を生きるあなたに、令和の中二病病患者と比較にならぬほどの致命的な傷を負わせたことだろう。

よって世間の目を恐れるあなたはやがて保身の為に口を噤むか、掌返しでそれを否定するしかなくなるに違いない。

 「ジョークだよ、ジョーク!」

そう言って、うまいこと失言に落とし込めれば上々だろう。

ごまかし切れなければ大変だ。

あなたは超能力者を嘘つきと糾弾し、虐めたりのけ者にする音頭を率先して取るはめに陥るかもしれない。

なぜなら正気を疑われたあなたはこう考えるからだ。

集団内の異分子として自分が迫害されたり仲間外れにされるなんてまっぴらごめん。

真実に目をつぶり、本物の異分子である超能力者を『生贄の羊に仕立てあげる方がナンボかまし』だと。

 それを踏まえて簡単な思考実験をひとつ。

科学知識や合理的思考が、無知と迷信の暗がりを明るく照らす近代以前の世界を想像してみよう。

 封建的な支配者が統治し、善良ではあるが排他的で、生活の変化を殊の外嫌う住民が多く暮らす都城があったと仮定する。

そこは当時の世界としては、現代の東京やロンドンの様にまずは標準的と言える都だろうか。

 あなたはその都のとある街角で一人の若者を見かける。

あなたがふと足を止めると、屈託なさげで人の良さそうな若者が、隣人への無償の愛を熱く説く辻説法をしているのだ。

聴衆の一人が言うには、若者は時として不思議な力を使い腹を空かせたファンや野次馬に食事を振舞うことがあるらしい。

不思議な力で医者や薬師あるいはまじない師にすら見放された病人を快癒させもするのだが、なぜか決して見返りを求めない。

 普通に考えれば若者の利他的行為には何かしら魂胆があるはずだ。

しかし若者は誰にもそれを明かさない。

奇跡としか思えない力を使った善行の種明かしもしたことがない。

 若者はただひたすら、集まった人々に愛を説く。

そして、自ら隣人愛を実践するだけで満足しているように見える。

 


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