第15話 練馬の空はショーシャンクと同じくらい青い 6

 「東京少年鑑別所。

通称練鑑は見て分かる通りのあれです。

公園の向こう側の高い塀。

その内側に無愛想な獄舎が建ってるでしょ。

獄舎に囲まれた中庭の辺りから、まどかさんがバビューンって撃ち上がりますからね。

・・・楽しみですね。

代われるものなら私がこのお役目引き受けたいところです」

ルーシーが幸せそうな表情でかぶりを振り、

佐那子がわざとらしく舌打ちをする。

「お二人を回収する宣伝カーの待機場所はですね。

あそこです。

木でちょっと見えづらいですけど。

あそこに見える広場の脇まで黒服が宣伝カーを転がして、まどかさんとルーシーさんの回収をスタンバります。

宣伝カーの移動は、練鑑横で雪美さんがラウドスピーカーを使って例の合言葉。

ヴェルレーヌの“秋の詩”冒頭を絶叫した後です。

降下後の旋回を含めておふたりの着地までにかかる飛行時間は五分にも満たないでしょう」

野戦服姿の佐那子が地上を指さししながら、インカムを通じて事前に何度も演習した作戦手順を駄目押しで繰り返す。

「分かりました。

それにしても、ユキや晶子ちゃんのバニーガールはちょっとやりすぎではないかしら?」

インカムは付けている。

だが側面を開け放ったヘリコプターのキャビンに吹き込む風とエンジン音の圧は尋常では無い。

ルーシーは佐那子に一言物申すため、振り返りざま殊更に大声を張り上げた。

「あれってキャバレーの宣伝カーですよ?

だったらバニーガールはお約束ですぅ。

ムショ帰りのまどかさんに大うけ間違いなしですよ?

私もルーシーさんの後を追って降下したら、うちの黒服と運転席を交代してから着替えるつもりです!」

佐那子はウキウキドキドキですねと破顔した。

「わたしはいや」

「えーっ、ルーシーさんの分もちゃんと用意してあるんですよ?」

「いや!

絶対いや!」

「やっぱりシャバはいいねーって、まどかさん、きっと大喜びですよ?」

「・・・それでもいや・・・」

「・・・」

「定刻です。

一分前になります。

当機はホバリングに移ります」

インカムにパイロットの声が割込んで来て作戦の開始を告げた。

「・・・カウントダウンに入ります。

弱い北東の風が吹いてますからほぼ追い風となります。

三つ数えて開傘ですよ。

この高さだと降下速度を殺しきれませんから、まどかさんが視認出来たら彼目掛けてただひたすら真っ直ぐ飛んで下さい。

のんびり空中散歩なんかしている暇はありません。

リリースボタンはまどかさんに抱き止めてもらってからですよ。

ルーシーさんは水平飛行しかできないのですから、リリースした後キャッチミスがあればそのまま地上に激突です。

そこんとこくれぐれも注意してください!

・・・10、9、8、7、6、5、4、3、2、1 Go!

三島さん聞こえますか。

『秋の日のヴィオロンのためいきの 』で10よりカウントダウン開始。

・・・カウント1と同時に『身にしみてひたぶるにうら悲し』。

あなたの絶叫をトランシーバーで確認後、ルーシーさんを降下させました。

*ポール・ヴェルレーヌ:秋の詩 上田敏訳

状況開始です。

・・・今ルーシーさんの開傘を視認しました。

続けて私も降下します。

後ほど地上で会いましょう」

佐那子はトランシーバーをコパイロットに渡すとヘルメットを被り一時の躊躇いもなく宙に躍り出た。

 


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