第15話 練馬の空はショーシャンクと同じくらい青い 3

 『俺がムショに食らい込んでる間にシャバじゃ、グリグリなんて妙な挨拶が流行(はやり)始めたもんだな』


 円はジャン・ギャバンを思い浮かべ、ちょっとフィルム・ノアールを気取ってみるが何のことはない。

円に抱き着くと同時に雪美のチェックが入った。

それだけのことだ。

『チッ』

ルーシーは脳内で舌打ちをする。

「ルーさん、今チッって言いました?」

「まさか。

わたしは舌打ちなんてそんな下品なこといたしません」

 ルーシーはプイっとそっぽを向く。

すると円から雪美を切り離す為には好都合ではあるが、ある意味彼女以上に危険な人物が目に入る。

その人物はそっぽを向いた目線の先から急速に侵攻して来る。

『・・・会敵までもう間がない』

ルーシーは少し足を広げて腰を落とし前傾姿勢を取って身構える。

「・・・あっちから橘さんが凄い勢いで走ってくるわ。

あれは獲物に狙いを定めたネコ科猛獣の動きそのものね」

雪美が心底嫌そうな顔をする。

そしてしぶしぶと言う体で円から離れ、ルーシー同様、佐那子を迎え撃つ体勢を取る。

「えっと、三島さんはなぜにバニーガール?」

雪美の抱擁を逃れた円が全ての状況を全く把握できていない内に、今度は佐那子の突撃が敢行される。

佐那子はルーシーと雪美のインターセプトを軽くかわす。

彼女は抱えていた大きな布の塊を芝の上に放り出すやいなや、その上に円を押し倒し秒で唇を奪う。

「「ダメーッ!」」

ルーシーと雪美の悲鳴が上がる。


 ゴーゴン三姉妹が大喧嘩を始めたらかくやと言う様相で繰り広げられた阿鼻叫喚だったろう。

ふと目を覚ますと円は座席が固いトランスポルタ―の車中にいる。

さんにんが引き起こした騒ぎの渦中で、円は理不尽な巻き添えを喰い気を失ったのだ。

「・・・知ってる太腿だ」

円の頭はルーシーの膝の上にある。

ぴしゃりと頭を打たれた。

「それはそれとして・・・

さっきはごめんなさい。

少しはしゃぎすぎました」

ルーシーが円の恥ずかしい物言いに頬を膨らませながらも涙目で謝り、雪美と佐那子がそれに続く。

 円にとって、さんにんがらみで気絶するのはもはや定番のお約束となっている。

そのせいもあり、気絶させられたことに円は格段の批判めいた意見は持た無い。

けれども、事件発生からこうして破獄に至る全体の流れが未だ判然としない。

円の思考は混乱したままで様々な思惑も迷子の状態だった。 

 「エウリュアレがルーさんで、ステンノが橘さん、わたくしはメデューサですか。

マドカ君の為にわたくしたちがどれほどの血涙をふり絞ったことか。

それなのに、わたくしたちがゴーゴン三姉妹だなんて。

マドカ君ったら酷いおっしゃりようですね!

ちゃんと読めてますよ?

もはや恩知らずと言っても良いくらいです。

傷ついた乙女心を優しく補完する、マドカ君のお詫びとお礼にはいったい何を用意してもらえるのでしょう。

今から楽しみですぅ。

けれどもですね・・・。

そもそもマドカ君がわたくしたちを魔物扱いするような悩乱をきたしたのはあれです。

橘さんがいきなりキスなんて言う羨ましい事をなさったせいですよ」

円の頬に人差し指を当てている雪美が、一本取ったと言う調子で嬉しそうに口角を上げる。

同時に雪美は、まるで的を射抜くような眼差しで佐那子を睨み付けると言う器用な真似をして見せた。



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