第15話 練馬の空はショーシャンクと同じくらい青い 2
「皆殺しだなんてマドカもすっかり荒(すさ)んだ考え方をするようになったのね。
鑑別所暮らしはそんなに辛かった?
帰ったら早速リハビリよ!」
久々に聞くルーシーの声はやけにトーンが高い。
「それから。
目撃者云々についても。
秘密の秘匿についても。
一切心配ご無用!
完全無欠の策があるの。
・・・いたいた」
円の気鬱な懸念をよそに、ルーシーは実に落ち着き払ったものだ。
ふたりがしでかした違法行為や、自分たちの傍目(はため)には異常で滑稽なビジュアルに一切頓着がない。
普段のルーシーであれば当たり前に見せる“悪目立ちを嫌う生真面目振り”からするとなぜだろう。
この融通無碍な円へのあしらいには何かからくりがありそうだ。
加えてギャラリーの視線を気にしないと言う方針のついでなのか。
ルーシーは力いっぱい抱き着いている円に対して喜びが溢れ弾ける高揚感を、些かなりとも隠そうとする様子がない。
あまつさえ、こちらを指さして声を上げる子供達へ嬉しそうに手まで振っているこのルーシーのはっちゃけぶりはどうだろう。
今までの経験に照らしてもあり得ない振る舞いである。
それは円や雪美以外の人目があるところでは、ついぞ見せたことのないルーシーの本質の一端。
素直で無邪気な少女らしさだったろうか。
『人前で陸奥A子が描く女の子みたいに成っちゃう先輩なんて絶対変だろ!』
円のダイモーンが訝しがる。
なんとなれば、子供っぽくはしゃぐ姿を人に見られてもへいちゃら。
そうした今この時の、ルーシーの手広い無頓着さはいったいどうしたことだろう。
後刻マドカファミリーが、とある少女による広域洗脳手段を獲得したと教えられ「なるほどね」と納得することになる円ではある。
だが色魔と化したミダス王じゃあるまいし。
手を触れた女子を片っ端からへんてこな力で染めてしまう。
そんな自分の乱暴でざっかけない能力を改めて皆から呆れられて是非もない。
円としては意図して企んだことではない。
だから出会い頭の事故を手込めなどと揶揄されれば、それはそれで心底うんざりもするのだ。
円はダイモーンも戸惑う“先輩が無邪気な訳”は取り敢えず脇に置いてみる。
そこであらためて、胸に抱きすくめているルーシーをじっくり観察してみればどうだろう。
情人の出所を心待ちにしていたやくざの情婦ですら、ルーシーの優しく楽し気な可憐さを目にしたなら乙女心を取り戻すに違いない。
名うての獏連女すら、ルーシーの純情にあてられてそっと顔を赤らめるかもしれない。
それ程までに、円を取り戻したルーシーは生気に溢れ眩しいくらいに愛くるしい。
円は『オラは三国一の果報者よのう』などと、常田富士男の声で照れてみる。
ところがその途端、雪美の膨れっ面が目に浮かび『くわばらくわばら』と称える市原悦子の声が被さったのはご愛嬌だろう。
ルーシーが「あそこを見て」と指さした先の路上には、フォルクスワーゲンのトランスポルタ―が、ハザードランプを点滅させながら停車している。
古いながらも使いようによってはお洒落な車だろう。
そんなトランスポルタ―がラウドスピーカーをルーフに取り付けられ、キャバレーかパチンコ屋の宣伝カーと思しき派手な色彩をまとわされている。
傍らでは髪の長いバニーガールがこちらを怪しむ様子もなく、両手を盛んに振りながらぴょんぴょん飛び跳ねている。
「誰?
三島さん?」
「あの宣伝カーの横にあるスペースに着陸よ。
そっとね」
ふたりにとっては久しぶりの飛行だったが、軽井沢での訓練は伊達では無い。
自動操縦のロッキードL1011トライスター以上に滑らかな着陸である。
抱き着いていたルーシーが名残惜し気に手を緩める。
「お疲れ様」と声に出すか出さないかのタイミングで、円は背中に何か柔らかくて重い衝撃を受ける。
円はまだルーシーを腕に抱いたまま思わず一二歩たたらを踏んだ。
「えっ、なに?」
振り向こうとする間もなく円の身体はぐるりと半回転させられ、柔らかくて良い匂いのする黒ウサギに力強く抱きしめられた。
「本当に心配したんですからね」
耳元で雪美の弾むように嬉し気な泣き笑いが聞こえる。
「うん。
ありがと」
「・・・十秒ほど経過したわ。
我慢の限界。
離れなさいユキ!」
円の胸にグリグリと額を押し付け始めた雪美がそのままくぐもった声で反論する。
「ルーさんだけズルいです。
マドカ君と熱い抱擁を交わしたまま天国に近い場所を飛んできたくせに。
飛行中ルーさんだって存分にグリグリしたんでしょ?
マドカ君の心がそう言ってます」
雪美は自分が蚊帳の外にいた間、円が何を考えていたのか、早速チェックしたようである。
円の背中に冷たい汗が流れた。
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