第15話 練馬の空はショーシャンクと同じくらい青い 1

 「先輩本当に無茶しますね。

タイミングが合わなかったらどうするつもりだったんですか?」

「怒ってる?」

「当たり前でしょ?

・・・そんなに強くしがみついて頭でグリグリしないでください」

「生意気なまどかのお怒りがとっても嬉しくて」

「・・・イミフです」

 

 ふたりは冬も近い晩秋の城北中央公園上空にいる。

どこまでも青く澄み渡った蒼穹に羽ばたく阿呆鳥・・・とは似ても似つかない。

けれどもウエンディとピーターパンを引き合いに出せば余程阿呆そうに見える。

そんな形振り(なりふり)で、初めての昼間飛行に挑んでいる。

 

 「公園の中を貫く道はと・・・。

あれよ!」

円が徐々に高度を下げる。

するとギュッと抱き着いて頭でグリグリしているルーシーが、ちょこんと首を曲げて着陸経路を定めた。

「こんな真昼間から堂々と飛行少年少女なんてやってるものだから・・・。

僕たちさっきから結構下界の皆さんの注目浴びちゃってますけど。

・・・どうするんですか。

その・・・獄舎からここに飛んでくるまでに驚かせちゃった目撃者さん達の後始末?

秘密を守るために皆殺し・・・なんてできませんよ?」

 

 鑑別所には収監された審判待ちの連中が、昼休みにたむろする中庭がある。

円はカタパルト射出のような勢いで、その中庭からいきなり離陸してきたのだ。

もちろん獄舎仲間には何の前振りもしていない。

円としては空に舞い上がり、久しぶりに実感する心身の自由である。

円の現身を構成する全細胞は歓喜の雄叫びを上げているが、それはそれこれはこれである。

「じゃぁまたね」

獄舎で出来た友人もどきのツッパリに一言残して、そのままオサラバしてきた。

ヨタ話をしている最中だった。

友人もどきはおろか、周辺でとぐろを巻いていた連中も、円がいきなり姿を消す。

その椿事には度肝を抜かれたことだろう。

監視している教官達に至っては心停止ものの大事の出来(しゅったい)だ。わ

なにしろ審判待ちで収監されている殺人未遂容疑者の少年に、易々と脱走されてしまったのだ。

それも他の収監者も見ている目の前で。

始末書程度では収まらない大失態となっているはずだ。

今頃上司ともども頭を抱えているに違いない。

 

 公園上空を飛ぶ円とルーシーに気付いた、子供連れの母親や散歩中のお年寄りはと言えば是非も無い。

あんぐりと口を開けて大きく目を見開いたまま、文字通り仰天している有様である。

『「鳥だ!」「飛行機だ!」「いや、スーパーマンだ!」』

そう叫ぶ例のアイコニックな極め台詞を久々に思い浮かべて、円は一人赤面する。

 恰好良くマントを翻すスーパーマンですらアレだ。

あのぴっちりタイツ姿は『正直なところどうなの?』と結構来るものがある。

そうだと言うのに、こちとらは“空を飛ぶ抱擁中の男女”だったりするのだ。

これはもう、うっかり空中浮遊の癖がついちまったロダンの“接吻”と同じくらい意味不明だ。

いっそシュールと断言できる程に滑稽な絵面だろう。

 不思議と生身で空を飛ぶ姿を怪しまれることにはさしたる抵抗がない。

それよりも、見てくれの奇抜さに注目される恥ずかしさがいっそう気に掛かかる円ではある。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る