第14話 堕天使は嘘をつく 12
「皆さんお忘れですか?
まどかさんに能力を授けられた私たちが、まどかさんにどんな感情を抱くに至ったか。
秋山晶子は今自分がどういう能力を獲得したのかなんてまるで知っちゃいません。
このまままどかさんと接触することが無ければ、生涯それを知ることなく終わるでしょう。
けれども、私の推測が正しければ、彼女は今盛大にモヤッてるはずです」
佐那子もまた有給休暇を取って毛利邸に泊まり込んでいる。
「モヤッてるとは?」
「秋山晶子が何を考え、どう言う意図でまどかさんを陥れる嘘をついたのか。
それは分かりません。
だけどことがここまで大きくなったことで内心かなりびびってるはずです。
モヤッてる訳については最後にお話しします。
彼女については役員権限を行使して、社を上げじっくり調べて見たのですよ」
佐那子はエッヘンと胸を張る。
「おふたりも既にご存知の通り、秋山晶子は早熟の天才バイオリニストと言う冠を被っています。
彼女はクラッシック音楽の世界では、ある意味大変派手な存在といえます。
けれども天才バイオリニストというペルソナを取り去ってしまえば、彼女は物静かで極めて真面目な少女のようです。
私生活では人目を引く様な行動を取らず、学校と自宅を往復するだけの毎日を送っています。
人数は少ないものの、同じようなおとなしめのメンタルを持った級友が数人いることが分かりました。
彼女たちから知り得た秋山晶子の気立ては決して悪くなく、淡い交わりにしてはとても好意的なものでした。
秋山晶子の友達との付き合いは母親の意向もあってか・・・。
敵に同情する訳ではありませんが、可愛そうに。
幼少のころから既に極めて表面的で薄いものに終始したようです。
もしかすると、彼女には同年代の友人と遊んだり時間を潰したりと言う経験がほとんど無いのかも知れません。
レッスンとステージで潰される時間が秋山晶子の短い人生のあらかたを占めている。
そう言っても過言ではないでしょう。
要は周りの大人たちにとっての彼女は、金の卵を産む籠の中の鳥ってだけのことですよ。
彼女のことを調べてみて私、思ったのです。
秋山晶子がたった一人でも信頼できる腹心の友を持っていればです。
もしも私生活に楽しいと思える人間関係が築けていたらです。
こんなややこしい事件は起きなかったのではないかと」
「でも・・・」
「彼女はどうしてあんな嘘をついたのでしょう。
それについては何か分かりましたか」
反論しようとした雪美を制してルーシーが口を開いた。
「どうもステージママである母親との関係性に大きな問題がありそうです。
お二人とも失念なさっているようですが、彼女は自殺しようとしていたのですよね?」
「・・・ええ」
ルーシーが目を伏せる。
「確かに・・・」
雪美は目を見開いてうなづく。
「そこに解決の糸口があります。
もうひとつ。
秋山晶子はすぐにバレると分かっている嘘をついて一人の少年を冤罪に陥れました。
そこから敷衍して現場での彼女をおもんぱかってみればこうなります。
彼女は自殺を阻止され、常識ではとても信じられない形で命を救われました。
そのことで、彼女は正気ではいられない程に気が動転しました。
自分の身に何が起きたのか理解できず、心の中は嵐のような大混乱に陥ったことでしょう。
我が身を振り返ってみれば想像に難くありません。
それについてはおふたりも思い当たる節があるでしょう?
ここからは仮定の話ですが、自殺に失敗したと悟った時、真っ先に彼女の頭をよぎったことは何だったでしょう。
外聞の悪さに怒り狂う母親の顔だったでしょうか。
それとも、彼女の才能だけにしか興味のないまるで女衒みたいな大人達のことだったでしょうか。
いずれにしても、秋吉晶子と言う一人の人間が彼ら=大人達に心の底から絶望しているのは確かなことでしょう。
自殺なんて、現実からの逃避か遺恨ある相手への意趣返しと相場は決まっていますからね。
彼女は母親を含めた音楽関係者など、周囲の大人に最早何も期待していないのです。
愛なき世界から逃げ出し、冥土への行きがけの駄賃に自殺を突き付けてリベンジしてやれ。
秋山晶子はそうした暗い情熱を心の中で醸成していたに違いありません」
佐那子が一旦言葉を切ると、ルーシーと雪美が息を詰める。
「まだ中学生に過ぎない彼女の投身自殺は、恐らくそのように総括できるはずです。
自分の全てを終わらせる決意してビルから飛び降りたと言うのに大失敗に終わったのですよ?
私もあの時間ループの世界で、すねちゃってひねくれさんに成った時には、実際のところ何度も自決を考えましたからね。
彼女の心情は何となくですが理解できるのです。
ですから『まどかさんに突き落とされた』と言う証言には引っ掛かりを感じます。
調べた限りでは、秋山晶子の母親を含めてですけれど・・・。
彼女が自死を選ぶに至った絶望を理解したり思いやる大人が周辺にいるとは思えません。
金づるである彼女が自殺未遂をしでかした。
その一点だけを責めるに違いない大人たちばかりです。
そうであれば、想定外の状況で生き残ってしまった彼女の恐怖はいかばかりだったか。
彼女は何より、妓楼の楼主みたいに亡八な大人達の叱責と罰から逃れたい。
そう思ったはずです。
『あの人に突き落とされました』と言う証言はそんな彼女の口からまろび出た虚言。
咄嗟に吐いてしまったその場しのぎのウソだった。
そうは考えられませんか」
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