第14話 堕天使は嘘をつく 10

 秋吉晶子が警官に向かって発言する局面では、円と彼女の間には距離があった。

あの時二人が直接肌を触れ合わせていないのは確かだ。

 警官が手錠を掛けたことで野次馬は更にエキサイトして円に詰め寄る。

たちまちルーシー、雪美、佐那子のさんにんは野次馬の背後に追いやられる形になった。

さんにんは必死の思いで、いきり立つ野次馬の群れを掻き分けて前に出ようとする。

佐那子が先頭に立ち、容赦なく邪魔者を排除して、ようやくさんにんは円の近くに辿り着いた。

だがその時には、状況がガラリと変わっていた。

 警官に対して、ルーシー、雪美、佐那子は、さんにんが円の友人であることを口々に主張する。

それからルーシーと雪美が目撃していた一部始終を説明しようと試みた。

だが警官は、ふたりの言葉に耳を貸さず円をパトロールカーへと引っ立てて行ったのだ。

 円に対する警官の乱暴な言動は、映画やテレビでよく目にする凶悪犯に対するそれだ。

ついさっきまで彼ら自身が抱いていた疑念が、きれいさっぱり頭から消え去っている様は、いっそ不気味ですらあった。

 「最初に張り出しに落ちたとはいえ、彼女に打撲はおろか掠り傷の一つもないのですよ。

真実を否定し百歩譲って、仮に円に殺意があったとしたら、どう考えても変ではありませんか?

殺人犯が被害者を愛護的に庇うなど矛盾もいいところです」

常識的に見て事の顛末がおかしいのは確かなのだ。

能力に関わる為なるべく触れたくない部分ではある。

だが初めに警官が持っていた疑いに沿って、ルーシーがあえて再度指摘してみるとどうしたことだろう。

警官は不思議そうな顔をして、ルーシーを黙殺するだけだった。

このことについては、丸の内署でルーシーと雪美が別々に調書を取られたときにも、それぞれが主張を試みて論外とされた部分である。

 

 円に「突き落とされた」と証言した秋吉晶子の言葉だけが確固たる真実として定義されている。

それが独り歩きを始めると、定義に反する証言や意見は例外なく、秋吉晶子の証言を聞いた人間の耳には入らなくなる。

要はそういうことだった。

 円に「突き落とされた」という秋吉晶子の言葉が持つ力の強さは絶大だ。

丸の内署のロビーにおける高木弁護士の態度が豹変したときの状況からもそれは確認できる。

「荒唐無稽な状況証拠と少女の偽証だけで家裁における少年審判が維持できるのかは疑問です。

観護措置はおろか保護観察にもならず釈放される確率が高いでしょう」

ルーシーと雪美から話を聞いた高木弁護士は、円の冤罪を露ほども疑うことなく余裕綽々の体だったのだ。

それがである。

秋吉晶子の言葉を直接耳にした直後から、高木弁護士の意見と態度は百八十度変わってしまった。

事件発生から今に至るまでの状況を鑑みると、円にとり圧倒的に不利な今後を予見させる。

検察官が秋吉晶子の証言を直接耳にするのは間違いない。

仮に刑事罰相当として家裁から検察に逆送致となり、円が起訴されて公判が開かれるとなればどうだろう。

地裁の判事も当然彼女の証言を聞くし、そうとなれば万事休すだ。


 「それでも救いなのは、秋吉晶子の言葉がわたしたちには届かないと言うこと。

彼女の能力は他の能力者には無効みたいね」

事件当日に毛利邸に集い、三人で文殊の知恵を振り絞ってから十日程の時間が経過している。

「それですよ、それ。

わたくしたちに付け入るスキがあるとしたらそこのところです。

双葉さんすらわたくしたちがいくら情理を尽くして説明しても目が泳いでましたもの。

あの双葉さんが、マドカ君を信じ切れないくらいになってしまうのですよ。

あれは本当にやばい力です。

内気な双葉さんが、よせばいいのに高木先生に直談判して秋吉家に乗り込んだらしいですからね。

けれども、強力ブラコンパワーをもってすら成す術もなく、双葉さんもまた性悪女の能力にやられちゃったんです」

雪美が途方に暮れたような口調で後を引き取った。

 




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