第14話 堕天使は嘘をつく 9

 毛利邸で開かれた三者会談により、大筋でことの本質を読み解くことができたかに思われる。


 他に術がなかった。

そうではあるが、円による救助は結果的に秋吉晶子へ能力を付与してしまうことになった。

円がまたもやらかしたのだ。

それでほぼ間違いが無いと三人の意見は一致をみる。

 

 ただ秋吉晶子が獲得したと思われる能力は考えるだに厄介なものである。

書記を買って出た雪美のノートには、三人三様に見聞きした情報が、時系列に沿って記入されている。

そこから浮かび上がってくる事象は、輪郭をなぞるだけでも頭が痛くなるものばかりだ。

 どうやら秋吉晶子は、自分の発言した内容が真実であると他者に確信させる。

そんな能力を円から与えられたようである。

ルーシーが直感的に洗脳力だと思ったことは、当たらずといえども遠からじと言うことだ。

 その能力は彼女の声を直接聞いた者だけに効果が及ぶ。

そしてその効果は、手を握るとか。

後頭部に手を添えるとか。

円と生身の接触があるときの発言に限られる。

畢竟(ひっきょう)秋吉晶子の能力発現条件は、雪美と同じと思われる。

 ただ厄介なのは彼女が洗脳力をもった発言をした後のことだ。

どうやら一度能力で確定した言葉の定義はその効力が保存されるようなのだ。

なんとなれば秋吉晶子が円と接触していなくても、確定している効果は有効である。

彼女の口から同じ言葉を聞いた者へは漏れなく自動的に洗脳に似た刷り込みが行われる。

このことは、事件現場での人々の様子や駆け付けた警官の態度の変化から、容易に推測できた。

 パトロールカーから降りたふたりの警官は、円を地面に抑えこんでいきり立つ人たちを見て、最初は強い声で叱りつけたのだ。

警官たちが円を立たせて事情を尋ね始めると、周囲の人々が不満げに、そうと信じる事件の真相を口々に申し立てた。

そのことが、かえって警官たちを苛立たせたのだろう。

「殺そうと思った相手と一緒に飛び降りる殺人犯なんて聞いたこともない」

警官たちはそう言うと、周囲の人々に「少し黙っていてくれないか」と声を荒げすらしたのだ。

 「被害者の嬢ちゃんに直接聞いてみれば良い!」

 興奮が治まらない野次馬の提案で、警官の前に秋吉晶子が連れ出される。

「あなたがこの少年に殺されかけたと言う人ですか」

一人の警官が怪しむように尋ねると彼女はこくりと頷く。

「見たところふたりとも掠り傷一つないように見えます。

ビルの四階から突き落とされたのならただで済むとは思えませんが?

そもそも本当にそんなことがあったのですか。

あなたは一人の少年を、公の場で殺人犯呼ばわりしてるのですよ?」

警官たちは、二人がビルの上階から落ちたという状況すら、疑っているようだ。

「話の分からないおまわりだな。

嬢ちゃん言ってやれ!」

苛立たし気なヤジが飛び、少女が能面のような無機質な表情で口を開く。

「・・・その人が私を突き落としました」

 一瞬のことだった。

警官達の態度と表情が、まるでスイッチが切り替わるように一変する。

数歩の距離を置いて成り行きを見守っているルーシーたちの前で、円はいきなり手錠を掛けられた。

円は殺人未遂容疑で現行犯逮捕されたのだ。

 


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