第14話 堕天使は嘘をつく 8
「しっかし、もうマドカ君も手当たり次第と言うか。
見境なくと言うか。
中学生まで手込めにするとは。
見下げ果てた好色漢。
・・・とは絶対に言えないところが逆に辛いですね」
雪美はノートとボールペンを放り出す。
ティーカップとソーサーに手を伸ばし、そのままソファーのクッションに背を預ける。
「マドカは絶対に認めないでしょうけど。
あの子を助けようとダッシュしたとき、能力云々のことは頭からすっぽり抜け落ちていたわね。
マドカがそれを思い出したのはジャンプする直前よ、多分。
もし、能力を上手く使えなかったら、最悪死ぬか重傷を負うかの決断だもの。
そりゃ怯(ひる)むわよね。
一瞬だけど躊躇った様子が見て取れたわ」
「結局は飛んじゃいましたけどね」
雪美がしみじみと言う感じでため息を吐く。
「ばかマドカったら根はチキンなくせに。
ちょくちょく、自分でこうと決めた御身大切な生き方に反した行動をとってしまうのよね。
本当に悪い癖だわ」
「そうですよ。
いつだって『やらかしちまった!』って頭を抱えて後悔してますよ、マドカ君。
まぁ、実際のところ。
マドカ君が後先考えずにやらかしちゃったおかげで、わたくしたちは助けられたわけだし・・・。
幸せの意味を知ることになったのですけどね。
マドカ君は自分のことをクールでニヒルなエゴイストだと思ってるんです。
ハメットやチャンドラーの読み過ぎです。
『俺は不必要なものは自分の人生から切り飛ばして自由気儘に生きているのさ』
なんて大真面目に考えてるんですよ。
それならわたくしたちってマドカ君にとって何なんです?
笑っちゃいます」
雪美は再び小さくため息を吐く。
「マドカ君は多分バカなんです。
自分に人並み以上の仁義礼智信忠孝悌が揃っていることを知らないんです。
知らない癖にそれを貫き通すことができないと、失敗を悔やんで反省しちゃう子なんです。
自分のことなのに、自分の行動原理がてんで分かっちゃいないんです。
だからああやって、やらかすことになっちゃうんですよ。
正し過ぎるんです。
マドカ君の行動原理は」
「それって雪美さんがまどかさんの心を見て分かったことなんですか?」
黙ってふたりの会話を聞いていた佐那子が少し首を傾げる。
「そうなの。
わたしも回路で繋がる度に、マドカの“やらかしちまった”には良くお目にかかるのです。
マドカの“やらかしちまった”は主にユキの言う仁義礼智信忠孝悌に沿う決断をした時ですね。
問い質すと「何をバカな」って鼻で笑いますけど。
わたしたちふたり、特にユキにはバレバレなのにそこはいつだって頑な・・・」
ルーシーと雪美がヤレヤレと両の掌を上に向け肩を上げて見せる。
「もしマドカが本当にクールでニヒルなエゴイストなら、ここにこうして三人が集うこともなかったでしょうにね」
ルーシーもまた疲れた顔で溜息を吐きカップを傾ける。
「それにしても、マドカ君は高い所から美少女と落っこちるのが余程好きなんですかね。
わたくしの時はとっさというより意図して、みたいだったようですけど」
雪美は冷めかけた紅茶を飲み干すとソーサーごとカップをテーブルに戻す。
「マドカのやらかしには助けられ来たわ。
それはとても頼もしいのだけれど命は一つ。
減らず口で公言している通りにもっと自分を大切にしてほしい。
素直じゃないからマドカは・・・。
『ライ麦畑の崖から落っこちようとした子供を捕まえるってのは、世界標準のお約束じゃないですか』
なんて言って、わたしたちを煙に巻こうとするでしょうけど」
ルーシーが哀し気に目を伏せる。
「マドカ君がホールデンみたいなヤツなのは、ぐるりとまる分かりなんです。
へりくつを並び立てて照れ隠しなんてしなければ良いのに、って思います」
雪美が『ハーイ先生!』という感じで手を上げて意見を述べる。
「まどかさんは減らず口の王者ですからね。
私には、お二人と違ってキャッチャーを引き受けるまどかさんの心の内までは分かりません。
私は高いところから落ちたのではなくベーゼで力をいただきましたからね
まどかさんを理解するにあたり、そこのところはベーゼだけに一味も二味も違いますよ?」
佐那子がニヤリとチェシャ猫の笑みを浮かべる。
「佐那子さんってば、わたくしたちに喧嘩売ってます?」
「下品な物言いだこと」
雪美とルーシーが静かで物憂げな視線を佐那子に向ける。
「ちょっと自己主張しただけですよー。
お茶目な冗談ですって。
この一件何やら訳ありですからね。
何と言ってもまどかさんがらみです。
御当人は全否定なさるでしょうけど、まどかさんの掛け値なしの善意と正義感は実に厄介ですよ?
それはお二人とも良くご存じかと。
一つ間違えるとこの先パイが小さくなるかもしれませんからね。
ここいらで手付けを打っておいたほうが良いと思った次第です」
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