第14話 堕天使は嘘をつく 2

 そもそもことは単純だったはずだ。

まずはビルのバルコニーから落ちかかる女の子を引っ掴んだ。

その後は能力を小出しにして塩梅良く、直下に張り出していたキャンバス製の真っ赤なテラステントに落ちることができた。

それだけのことだ。

重力加速度が掛かる円プラス少女の体重とキャンバス地の張り出しが持つ強度を考えれば、ふたりが無傷で地面に転がったことは確かに不自然だろう。

しかし、当たり前に考えれば二人の人間が命を落としそうな大事が、双方傷一つないというラッキーな結果に終わったのだ。

円にとって、能力のことを第三者に明かすと言う選択肢は最初からあり得ない以上、言祝(ことほ)ぐべき好都合な展開で決着を図れたはずだった。

 テラステントの下に人がいなかったことは重ねての僥倖だった。

なにしろ空から抱き合った男女のホモサピが降ってきたばかりか。

カフェの洒落た店構えの一部をぶち壊してそのまま凹凸のある石畳の上に転がったのだ。

異様な物音やビジュアル的な壮絶さに驚き、カフェの従業員やら店の客やら通りがかった人やらがわらわらと集まってきた。

彼ら彼女らがそのまま喧(やかま)しい野次馬と化すのは無理からぬところだったろう。

興味津々の衆人の中から良識ある人達が数人進み出てふたりを助け起こした。

状況から予想される円と少女の怪我を心配し、うち一人はカフェの店内へ電話を借りに走ることまでしてくれた。

他者の難儀を気遣える文明化された社会に生まれることが出来て良かった。

何の衒いもなく円はそう思い、神様に感謝の言葉すら捧げたのだ。

大きな間違いだったが。


 「大丈夫?

どこか痛いところはない?」

円は手を差し伸べる善意の人々に「幸いかすり傷程度です」などと礼を言いつつ、腕の中で震える女の子に問いかけた。

女の子は中学生なのだろう。

セーラー服を身に着けた生硬な身体が、痛みによるものなのかあるいは緊張のせいなのか、いきなり強張るのが分かる。

青白い額は冷たく汗ばみ呼吸は浅く速い。

円は少女の聡明そうな整った面立ちに既視感があったが、身体を硬くする彼女に次の言葉をかけあぐねて口をつぐんだ。

そうして言葉を切って一呼吸の間を置いた後、余りの驚きにしばし思考が停止するのだった。

「この人が私を四階のバルコニーから突き落としました」

少女が色を失った顔を上向け、その瞳で円を見据えた刹那に飛び出した言葉は、思いもよらぬ、にわかには信じ難いものだった。

瞬く間にふたりを心配する周囲の空気が一変した。

唖然とする円の腕の中から少女が引き剥がされ、複数の手が彼の腕や髪を掴んだ。

「んな訳無いだろ!

僕は一緒に落っこちたんだぞ。

おい、おまえ!

おまえは自分で飛び降りようとしてたじゃないか!

それを僕は・・・」

円は怒号を発する幾人もの大人に引き据えられてそれ以上何か言い募ることはおろか、叫ぶことすらできない。

顔面を石畳に押し付けられる寸前に見えた少女の目は虚ろで、引き結ばれた口元には感情の欠片も認められなかった。

 衆人の豹変と円に対する乱暴な扱いは酷いものだった。

円としてみれば、文明化という言葉が聞いて呆れる。

それは、例えて言うなら魔女狩り並みの蛮行と言えた。




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