第14話 堕天使は嘘をつく 1

 「君がやったことは殺人未遂に当たるんだよ。

幸い被害者の少女に目立つ外傷は無い。

だが自分が殺されかけたという記憶は長く残るに違いないね。

君も進学校の生徒ならPTSDという言葉くらい聞いたことがあるだろう。

心的外傷後ストレス障害のことだよ。

強いショック体験や精神的ストレスを与えられた人間がPTSDを患うと、後々まで強い恐怖心を引きずる。

結果として、まともな社会生活を送れなくなることもあるんだ。

君が殺そうとした少女は幸いにも体は無傷だった。

しかし心は無傷ではすまなかったろう。

繰り返すが、幸運にも命が失われると言う大事には至らなかった。

それでも、君が犯した過ちが少女の心に残した火傷のようなダメージは決して軽くはない」

 円は目の前に座る家庭裁判所の調査官に、絶望的な無力感を抱くことしかできない。


『そもそも僕が犯した過ちってなんだ?

僕はビルのバルコニーから飛び降りようとしている女の子を助けただけだ。

そのことを目撃証言できる人間だって二人もいるんだぜ』


この正当な主張は、現場でいきなり逮捕された時にも。

警察署で調書を取られた時にも。

少年審判のため家裁に送られる前に検察官と対面した時にも。

円が倦まず弛まず繰り返してきた、天下御免の真っ白けな事実だった。

しかし円の裏も表も嘘も偽りもない供述は、どの司法の場でもことごとく黙殺された。

 ルーシーが付けてくれた弁護士も「素直な態度で情状の酌量を引き出すことが得策だ」と、法曹関係者にしては誠実そうな真顔で言い切った。

ルーシーと雪美から詳しい事情を聴いていたにも関わらずだ。

「私だって円がそんな酷いことをする子じゃないって信じてる。

だけど・・・」

弁護士と共に面会に現れた双葉すら泣きはらした目で、円の言い分について半信半疑の体だったことには心も折れた。

救いは弁護士が口頭で伝えてきたルーシーからの伝言だった。

「どういう意味か私にはさっぱりですが『目途はついた。ユキの口癖。三銃士は健在なり』とお嬢様から言付かりました」

円はルーシーの伝言を聞いて自分が情けなくなった。

ユキの口癖と言えばズバリ“手込めだろう”。


『さすれば今回の訳の分からないシチュは、僕にはそのつもりなんか全然なかったのにだぜ。

あの嘘つきなメスガキを助けた時に、何らかの能力のスイッチを入れちまったってことか?』


本当にそうなら、円の“やらかしちまったそれ”が原因と言うことになる。


『なんてこった!

これって、自業自得になるのか?

イヤイヤそりゃ、おかしいだろ!』


なんだか発狂でもして世間様から自閉する方が楽そうな展開だが、そうもいかないところがいまいましい。

何か自分にできることはと考えて『何もしないほうが良かろう』と円のダイモーンが囁く。

結局は、円を信じ、助け出そうと画策しているらしい女三銃士に、全てを丸投げして後を託す。

それ以外に成す術がないことは明白である。

どう転んでも能力案件については丸投げと言う既定方針に変わりはないのだ。


『こんなことになるなら、嘘つきなメスガキなんて見殺しにすりゃ良かった』


円は心の中で悪態をつき、こうして悔恨に臍を噛む自分を労わった。

 円的には、ルーシーと雪美そして佐那子以外の人間はことごとく敵に回ったことを確信する弁護士との接見だった。

ルーシーの伝言で双葉に折られた心が少し持ち直し、微かな希望の光が見えるような・・・気がしないでもない円だった。

 

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