第13話 ファム・ファタール 7


 「橘さん。

いえ佐那子さん。

そんなところで聞き耳を立てていないで入ってきてくださいな。

マドカについてはおそらく貴女もそうなのでしょうね」

先輩が良く通る澄んだ声の音量を上げる。

ドアの外で恐らくは気配を消していた橘さんが

「てへぺろ」とか言いながら室内に入ってくる。

僕は全然気付かなかった。

『てへぺろ』とは聞き慣れない擬音だが、未来から持ち帰った流行語らしい。

橘さんには何かと未来からお持ち帰りの知識や言葉が多い。

 「お気づきでしたか。

諜報戦の訓練も受けたんですけど、こうなるとレンジャー徽章もあてに成りませんね。

そうですね・・・皆さんも先刻ご承知の通り私ってばとっくに成人しているんですよ?

無理やり第三者的目線をこしらえて、自分の有様をバードビューで俯瞰してみればですよ。

それはそれで結構胸にグッとくるものがあります。

『年増女の深情け』なんて自虐的なアジを飛ばしてみたりして。

なんだか泣き出したくなる自分もおりましたよ、正直なところ。

でも、まどかさんを目の前にした時に湧き上がるこの気持ちはどうしたことでしょう。

まどかさんの能力による洗脳?

干渉?

教化?

精神支配?

もうそんなことはどうだっていいんです。

まどかさんには私たちを支配するつもりも悪意も邪念もない。

ルーシーさんにも雪美さんにも、可愛さ余って憎さ百倍ってくらいにそれは確かなことですよね。

だからでしょうかね~。

タイムリープとリプレイが織りなす時のダンジョンで開き直ったあの時からです。

私も生涯男はまどかさんだけでいいや。

他の男なんて今更面倒くさいし。

『マッ、いいかぁ』って・・・思っちゃったんです」

 「「そうそれ!

円だけでいいや!

マッ、いいかぁ!

そんなかんじ!

わたし=わたしたちも同じ!」」

 「『マッ、いいかぁ』って。

そんななげやりって言うか自暴自棄?

いいころかげんなこと言われてもなぁ。

・・・なんだかなぁ」

仕様がなさ満載の大団円でめでたしめでたしって・・・。

なるかそんなもん。

さっきまでの憂鬱な雰囲気はどこかにぶっとんで、いきなり大騒ぎ大はしゃぎの三人組をよそに僕は大いに黄昏れる。

その時、僕には当分どんな覚悟も決まりようがないことだけは、強く確信できたのだ。

 

 「でっ、ですよ!

大切なところなのでもう一度言いますよ!

『こんなこともあろうかと』」

佐那子さんは自室から持ち出した大きなトランクを開けて、ナップザックみたいな包を四つ取り出した。

「ジャーン。

パラシュートです。

実は弊社ではスカイダイビングのお教室も開いてまして。

元々は社員訓練のための部署だったのですけれどね。

不肖ワタクシもそれほど昔ではない昔取った杵柄で、時々空挺降下のインストラクターをやっております」

佐那子さんは鼻を膨らませて勧進帳の弁慶みたいに上機嫌の見得を切ってみせる。

「空挺降下って・・・。

なんだか日一日と平凡な都立高生の日常が、筒井康隆や光瀬龍が描く小説世界に浸食されていくような・・・。

ビックリハウス付きのジェットコースターに乗っているような・・・。

煮るなり焼くなりもう好きにしてくれみたいな・・・」

「「わくわく」」

抑揚を失った僕の慨嘆に続いて、先輩と三島さんの全然ワクワク感が感じられない無表情が放心的心情を吐露する。




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