第12話 「失敗したらやり直せば良いと思います」とお姉さんは微笑んだ 15
万平ホテルのカフェテラスは、正面ロビーを入った左の外向きにその設えがある。
円としてはシャレ―(山小屋)風でありながら信州の本棟造りと言われる建物を、カメラ片手に堪能したいところだ。
だが今回の軽井沢滞在は、家族旅行と違って長いものになることが分かっているので、そこは後日にと自重した。
朝方の霧はもうすっかり消えている。
高原特有の澄んだ青空からは、夏とも思えぬ透き通った光が降り注ぐ。
陽光は鮮緑に染まる木々の輪郭を白く輝かせている。
「このロイヤルミルクティのレシピはジョン・レノン直伝だそうですよ。
それとアップルパイを併せるのがお約束の定番です」
「万平ホテルにジョン・レノンが出没って、このミルクティを飲むために?
へえー、三島さんって本当に物知りだよね」
万平ホテルのエピソードをあれこれ得意気に語る雪美のこぼれるような笑顔は、甘過ぎるほどのロイヤルミルクティと同じ位に甘やかだ。
つられた円もニコニコ機嫌よく話題に付き合える。
「そう言えば友人が、本屋さんでグラビア雑誌を立ち読みしているジョンの姿を見かけたことがあると言っていたわ。
それにしても、アフタヌーンティーが普通のお紅茶とマドレーヌでは無くてよかったこと。
ユキの蘊蓄話が無駄になが~~く成ったかも知れないもの」
「「「・・・」」」
円が雪美を誉めたことが面白くないのか、口を尖らせたルーシーは可愛らしいものの、ちょっぴり大人げない。
「・・・アップルパイもすごく甘いし、ジョンの味覚は乙女ですね」
『あらあら』という表情で、佐那子がさりげなく閑話休題を仕掛けた。
ここは年長者たる自分の出番と考えたのだろう。
とは言うものの、年成の落ち着いたふりを装っている佐那子だが、席についてからの彼女は気もそぞろである。
ロビーの方を横目でチラチラ伺っている様子は、まるでプレゼントの順番を待つ子供みたいで面白い。
佐那子が“もしかしたらもしかして”を期待しているのが、円の目にさえまる分かりだったのだ。
もとより、ジョン・レノンにも甘い茶菓にも興味のない円ではある。
三人三様の浮わついてお落ち着きのない景色は、ある意味新鮮な眼福とも言える。
円は時折レンズを向けてはシャッターを切り、お宝収集にとこれ務める。
そうして皆でガヤガヤと、軽井沢とジョン・レノンの話題や明日以降の遊びの段取りでひとしきり盛り上がった。
楽しい語らいの種はつきない。
「お日様が傾く前に荷解きをしましょう。
お楽しみは目白押しですもの」
そう提案した佐那子の言葉に従い、皆は改めて重い腰を上げ合宿先となる毛利家の別荘に向かう事に成った。
軽井沢銀座の入り口を背にY字路を左に進めば、先程通って来た軽井沢の駅前に出るが、車は右に道を取る。
右の路は旧中山道にあたる。
道は雲場池近くの六本辻を抜けてそのまま緩い右カーブを描いて走り離れ山の麓近くで国道18号線に合流する。
幹線道らしくそこそこ交通量の多い国道を、車はそのまま中軽井沢の駅前まで直進する。
駅前の交差点を右折して車は草津方面へ抜ける国道146号線に入る。
国道146号線は浅間山に向かい長い山道を登った後、峠の茶屋と称する交差点に至る。
三方向に分かれる分岐路を左へ入ると、鬼押し出しから万座鹿沢口方面に至る有料道に続いている。
国道の本線自体は直進していて、長く緩い下り坂の途中で右手に浅間牧場をやりすごして草津方面へと向かう。
右の道を行けば白糸の滝を巡り、標高を下げながらやがて旧三笠ホテルの脇を通って先程の軽井沢銀座の入り口まで戻る。
峠の茶屋はどの道を取っても便利な観光コースと成る交差点である。
一行を乗せた車は、国道を進んだ先にある峠の茶屋からは遥か手前となる星野温泉で左折し、そのまま毛利家の別荘が建つ千ヶ滝に入って行く。
さっきまで良く晴れていたと言うのに、今度は朝霧と並んで名物と称される軽井沢の夕立が降り始める。
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