第12話 「失敗したらやり直せば良いと思います」とお姉さんは微笑んだ 13

 

 姦し+1の四人組は賑やかに食事を済ませた。食後も賑やかなままの一同を乗せた車は、横川を出るとうねうねと続く碓氷峠を軽井沢までだらだら這い上る。

つづら折りの山道で、飽くことないカーブを切りながらのろのろ標高が上がって行く。

すると、いつしか道沿いの植生も変わって来たような気がする。

広葉樹の葉が薄い色調に変わる。

コナラやミズナラだろうか、低層林が続いて時折白樺の幹が目に入り始めると、皆の心ははしゃぐように浮き立った。

 碓氷峠を登り切った国道18号線が、信越線の線路脇から町に入ると樹林が切れる。

フロントグラスから見える視界の先は霧に覆われていた。

 横川と軽井沢の高低差は約600mあり標高1000mの高原の町は、下界とは空気の質感が全く違うように感じがする。

クーラーを止めて窓を開けると寒い位の風が車内を吹き抜けた。

 国道18号線はそのまま軽井沢駅前を抜け中軽井沢から小諸へと道を進める。

だが車は、駅前を右に折れ旧軽井沢方面へと向かう。

観光地として有名な軽井沢銀座は、駅前から二キロ程北進した地点から始まっている。

そこまでの街並みは、避暑地軽井沢に対する憧憬のイメージとは異なる。

ごく普通の田舎の駅前通りにしか見えないところに妙味がある。

 適当な駐車場に車を止めた一行は当座の買い物を済ませようと、にぎにぎしく表通りの人混みに分け入った。

夏休みのことでもあり、軽井沢銀座は銀座の名に恥じぬ賑わいを見せている。

けれども不思議と雑踏の息苦しさや埃じみた騒々しさを感じさせない。

そぞろ歩く避暑客は、皆どこか力の抜けたにこやかな表情を面に張り付けている。

軽井沢と言うハレの舞台に立った主人公を、皆が嬉々として演じている風でもある。

 乗車時間も長かったことだしと、四人は手足を伸ばす意味も兼ねて、土産物屋や地場の商店を冷かしながらの散歩と洒落込んだ。

途中、戦前から店を構える老舗のパン屋で角食パンを買う。

付け合わせのハムやソーセージと併せてサラダの材料や果物も手に入れた。

 食料品を購入した後、佐那子のたっての希望により万平ホテルのカフェテラスで一息入れることに成った。

これには雪美も大はしゃぎで輝くような満面の笑みがサマーハットの下で炸裂する。

一行は、表通り沿いで明治の頃から避暑客に通信の便を図ってきた古色ゆかしい郵便局ところで横道に入った。

左手にテニスコート見て、しばらく歩いた先にお目当ての万平ホテルがある。

 軽井沢銀座の雑踏から一度脇道に踏み込めばどうだろう。

そこには初めて訪れた人でもすぐにそれと分かるに違いないお馴染みの別荘地、旧軽井沢が広がっている。

喧騒から離れてほどなく目に入る古いテニスコートは、皇族をはじめとする名流人士や分限者の交際の舞台としても広く知られている。

別荘と称される新旧の建物は、軽井沢と言えば誰もが思い浮かべるに違いない、背の高いカラマツの森に点在していた。

 どこまで続くのか見当もつかない森林の地面は、所によっては緑の苔が覆っている。

路に差し込む陽光と対比すると、樹間は時にほの暗くさえ感じられる。

目を凝らせば、地の精霊でも彷徨っていそうな不思議な気配を感じることもある。

となれば余程に古い森なのかと人に問うてみれば、この見事なカラマツの森は戦後に植林されたものだと言う答えが返ってくる。

 外国人が避暑と称する文明人の嗜みを開化期の日本に伝えた頃には、軽井沢は浅間山麓から続く緩傾斜の荒れ地だった。

痩せた火山灰地には木が余り生えていなかったと言うのだから驚きである。

そうすると堀辰雄や立原道造が愛した美しい村にはカラマツの森は無かったことになる。

村の小道をさっと吹き抜けた風も、詩人が夢想した小さな小屋が立つ予定だった明るい野原からやって来たに違いない。

 “風立ちぬ”と作家が生のありかを見定めたその風は日向の匂いがしていたろう。

森がもたらす湿り気を帯びた爽やかな香りなぞ、お愛想程度にも含んではいなかったことだろう。

円は何度目かの家族旅行で、双葉から得意気に聞かされた軽井沢のプチネタをふと思い出していた。

 





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