第12話 「失敗したらやり直せば良いと思います」とお姉さんは微笑んだ 11


 「だって!

だって!

しょうがないじゃないですか!

私だって平手打ちどころかグーでパンチしてそのままリセットに成った回のこと思い出すと・・・。

今でも罪悪感で自決したくなるくらいですよ!

こう言ってはなんですが、平手打ちなら何十回も・・・」

「・・・僕って橘さんに殺されちゃったばかりか随分と気持ち悪がられてたんですね?」

円の目が涙で溢れた。

「・・・そ、それはそれとして」

「「語るに落ちるとはこのこと。

恐ろしい女ね」」

「・・・うわぁーん。

あたしレンジャー上がりなんですぅ。

咄嗟に手が出ちゃったんですぅ。

何にも考えずに身体が動いちゃったんですぅ。

円さん・・・あ、あたしを嫌わないで下さいまし・・・」

佐那子がまるで子供のように泣き出す。

「あぶない!

橘さん車を路肩に寄せて!」

ルーシーが叫ぶ。

「落ち着きましょう。

ねっ!

ねっ!」

雪美が焦る。

佐那子の突然のご乱心に、ルーシーと雪美の回路が解け慌てふためく二人がなんとか車を停車させた。

 顔を伏せもせずハンドルを強く握ったまま大きな声で泣きじゃくる佐那子を、ルーシーと雪美はまるで自分にたちが年長者であるかのように優しく慰め続ける。

 考えて見れば無理も無い事だろう。

サバイバルや戦闘についてのスキルは、常人どころか一般の兵士より遥かに高いレンジャーあがりの佐那子である。

だがもしかしたら、佐那子は五百回よりも千回に近いかもしれない悲惨な時間ループを、繰り返し体験してきたのだ。

困難な状況下で生き延びる訓練を受けていた佐那子だったからこそ、四人が揃う今があると言えるのではないか。

 いずれかの時点で佐那子が精神に決定的な破綻を来たしていればどうだったろう。

世界は佐那子の覚醒と円の死という僅か三十分にも満たない時間を、永遠に繰り返すはめになっていたかもしれない。

 佐那子は誰にも相談できない異常な状況下、一度は失った正気を取り戻した。

そのあと気力を振りしぼって課題を整理し試行錯誤を積み重ね、みごと時間ループ問題を解決に導いた。

佐那子は恐怖も不安も悲嘆も全てを心の内に抑え込んだ。

そうして、漸くループから抜け出して円を、ルーシーを、雪美を、・・・世界を救ったのだ。

 

 佐那子の溜まりに溜まった鬱憤と悲嘆が。

佐那子の何処へも吐き出しようのなかった闇黒な感情が。

泣きじゃくる大きな声と止めどなく溢れる大粒の涙で、晴らされ浄化されようとしている。

そのことがルーシーと雪美には、胸を抉られるような痛みと共に理解できてしまう。

円に寄せる想いが共振したのだろうか。

能力を介した共感などさんにんには不要だった。

 ルーシーと雪美は、佐那子と同じ様に涙を流し、泣きながら彼女を慰め続ける。

円はそんなさんにんを残して、そっと車を離れた。

 

 もう埼玉に入ったのだろうか。

工場や住宅が点在する平地の先になだらかな丘陵地が見え、道の両脇にはお茶の畑が広がっている。

七月の日差しは流石に手強い。

先ほど通り過ぎた小さな商店の前にある自販機へ行って戻る。

それだけで、これから円が購おうと思っている清涼飲料水一缶分くらいの汗は流れそうだ。


 「マドカにしては気の利くこと。

・・・ありがとうね。」

「マドカ君、グッジョブです」

ルーシーと雪美の邪気のない笑顔は、円にとって何よりのご褒美だ。

ことさらゆっくりと歩いて自販機まで往復したので、円は汗だくになってしまった。

けれども佐那子が涙を絞り尽くす時間は充分に稼げたのだろう。

佐那子はまだ小さな子供のようにしゃくり上げているが、少し落ち着きを取り戻している。

 泣きはらした目をして両の手でファンタを持っている佐那子の心細そうな姿は、何だか途方に暮れる小動物のようにも見える。

円はふと、そんな佐那子を『可愛らしいな』と思ってしまい、慌てて雪美との距離を確かめる。

幸いにもルーシーと雪美が佐那子に掛かり切りだったお蔭で、円の他愛のない由無(よしな)し事がバレる気遣いは無い。

この時、胸を撫で下ろす円が再び流した汗は冷や汗だが、円はそんな自分が少し情けなくもある。

 

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