第12話 「失敗したらやり直せば良いと思います」とお姉さんは微笑んだ 10


 四人が潜り抜けた地獄絵図の物語は、佐那子の口から堰を切ったように溢れ出し続け、止まることが無い。

「状況開始後、森要が邸内侵入前に回路をショートさせて電源を落とすこと。

居間で円さんが突撃するタイミングで私がブレーカーを入れること。

うんざりする程繰り返した演習の結果、この二つが勝利をつかむための譲れない条件ということが分かりました。

・・・その条件が分かるまで幾度も円さんが殺されて、時間が巻き戻ったのです」

佐那子が涙ぐんで声を詰まらせる。

「・・・残念なことに最初に森要を倒せたパターンは、ものすごくタイトな偶然の連続が必要で、全く再現の目途が立ちませんでしたからね。

最終的な作戦立案の後、円さんの誘導と私のタイミングを図る予行演習を随分繰り返しました」

「その度に僕が死んだってことですかぁ」

円の顔色は土気色だ。

「遺憾ながら」

佐那子は慣れっこになっちゃいましたと、鼻を啜りながらお茶目に舌を出して見せた。

瞳は揺れている。

「・・・そうして各条件を厳密に決めた後、本番を何度繰り返したことでしょう。

円さんが森要をホールドして急上昇。

これが必須条件でした。

天井に激突しても森要が気絶しない。

二人とも気絶する。

円さんだけが気絶する。

森要が気絶しても円さんが病院まで持たない。

病院で亡くなる。

ここまで詰めても連戦連敗でした。

それでもいつかは勝利できる。

兵隊モードに入った私はそう確信していました。

作戦開始から五百二十三回目、ついに目論見通りにタイミングが合って円さんも生き延びました」

「死んじゃったたくさんの可哀想な僕・・・」

円がポツリと口にする。

「だからこそですよ。

こうして私たちはここにいます。

実に長い道のりでした」

「試行錯誤の間に、事の次第を僕に打ち明けてくれればもっと簡単に済んだのでは?」

円はしばらく前から感じていた疑問点について尋ねてみる。

「勿論パターンを変えてそのことは何十回も試してみましたとも。

毎度毎度、いくら言い聞かせても円さんったら妙に張り切っちゃって。

タイムアウトがかえって短くなってしまいました」

「「それでは、まどかの記憶に鮮明に焼き付けられたあのかなりふしだら且つ猥褻な振る舞いは如何な事?」」

円は再び身体の両側に激痛を覚え、クーラーの利いた車内の温度が更に数度下がったような寒気を感じる。

ルームミラーの中の佐那子は目を泳がせて、その顔(かんばせ)をリンゴ色に染める。

「「ケタミンの解離性麻酔薬としての副作用があったとしても、貴女ほど聡明で問題解決能力に長けた人であるならばどうでしょう。

状況を何回か繰り返せばご自分の振舞の異常性に気が付いたはず。

マドカの人工呼吸が必要だったとしても、もっと大人としての真面目な態度で臨めたのではありませんか。

現にタイムリープを繰り返し始めた最初の頃は、おぞましい肉欲よりも状況の不可解さに対する驚きの方が勝っていた。

貴女自身が先程そのように仰っていました。

かてて加えて抱きついて悶えるどころか、不埒な痴れ者に引導を渡すギリシャ神話の女神のごとくマドカを誅殺したことすらある。

曖昧な記憶ながらと仰りながらもそう告白したのは貴女です。

けれども、わたし=わたくしが読んだマドカの記憶に残る貴女の振舞は、情欲に悶える女そのもの。

常識的に考えてまともな女なら、正気を取り戻して冷静になりさえすれば掛かる振る舞いは自制するのが道理でしょう。

例え薬物の影響で性欲が亢進していたとしてもです。

良く知りもしない、しかも風采の上がらない男子の人工呼吸など、気持ちが悪くて慣れるなんてことはありえません。

何百回繰り返されて命を救われようと、平手打ちのひとつでもくれたくなるところ。

わたし=わたしたちならそうです」」

「酷いよふたりとも!

僕のことをそんな風に・・・」

「「お黙り!!

マドカは口を閉じて大人しくしてなさい!!」」

「・・・ごめんなさい」

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