第12話 「失敗したらやり直せば良いと思います」とお姉さんは微笑んだ 8
ルームミラーに映る佐那子が一瞬、酷く年老いて疲れ果てた老嬢のようにすら見えた。
彼女の爆弾発言でもめていた後席の三人は再び息を呑み動きを止める。
「つい先日まで、このことは自分の胸に収めたままにしておこう。
一人で墓場まで持って行こう。
そう考えていたのです。
けれどいつでも楽しそうな皆さんを見ているうちに考えが変わりました。
私だってルーシーさんや雪美さんみたいに円さんと楽しく青春したい!
私にもその権利があるはずです。
だからぶちまけちゃいます。
後は野となれ山となれです。
・・・私に起きる“勝手にタイムリープ”にはある特別な切っ掛け、発動条件があるんです。
それは・・・円さんの死です」
最初は佐那子が何を言い出すのか見当もつかなかった。
だが最後のくだりでは、名指しされた円は言うに及ばずルーシーと雪美も思考停止を来たすほどの衝撃を受けた。
三人自身が持つ能力について思いを馳せるまでもない。
佐那子が三人の秘密を知っている事実と彼女の人柄を考えて見れば、それを冗談や嘘偽りと退ける訳にはいかない。
「最初の一回目は何がなんだか訳が分からなくて。
息が出来る様になって。
意識がはっきりしてきて。
いきなり悲鳴を上げて。
円さんを驚かせてしまいました。
だって、ほんの一瞬前に私の腕の中で血塗れになって息絶えた男の子がですよ。
青白い顔をして私にキスしてるんですよ。
ゾンビですかぁ?
この時は、二度目は。
恐怖と混乱の中、這うようにしてその場を逃げ出して、円さんに止血もしないでそのまま死なせてしまいました。
もうお分かりですよね?
円さんが死んだと思(おぼ)しき頃合いの直後、再び私は円さんの唇を自分の唇に感じていたんです。
まぁ、今度は息を吹き込まれたのが分かりましたからね。
これはキスでは無く『ああ、自分はどうした訳か、円さんに人工呼吸をされているのだな』とまでは理解できました。
・・・都合三度目の熱きベーゼです。
それでも自分の身に起こったことを冷静に分析、対処まではできませんでした。
当然三度目も修羅場ったまま円さんが亡くなって三たび時が巻き戻りました。
四度目のバックトゥザベーゼですよ。
こんな調子で状況のしょっぱなを何度何度も繰り返し失敗した揚げ句の果てです。
最初にちらりと考えた『もしや時をかける少女?』という駄法螺へとしぶしぶベクトルが向きました。
そうして『この異常な状況はプレイバック。
いいえ状況のリピートと考えるしかないわけぇ?』と思い至りましたです。
“この道抜けられません”みたいな常識の袋小路に追い詰められた私は、また別の意味でパニクリました。
タイムリープと状況のリピートなんて言う荒唐無稽な分析をこの私が受け入れる?
そんな知性の退行を、私の理性は明らかに拒否しましたからね。
・・・出血多量で自分が死にそうになっている。
それでも毎回毎回決して変わることなく。
私を懸命に助けようとしている円さんの健気には女心を大きく揺さぶられました。
そのことは絶望的にナンセンスな状況下で私を導く標となりました。
そうやって私が円さんのひたむきな愛を意識出来るようになってからは、事態が変わりはじめました」
「ちょっと。
ちょっと、待って下さい。
愛って。
ひたむきな愛ってなんですかそれ?」
佐那子は円の異議申し立てを完全に無視して、
ルーシーと雪美に乙女心の想いのたけをうちあける。
「質の悪い冗談みたいなリセットです。
それも特定時間をリピートし続けることの説明はどうあれです。
私は円さんに止血処置を施さなければならない。
円さんの愛に答えるためにも、円さんを死なせてはならない。
そう強く意識するようになったのです。
私の思いが定まって、円さんに止血処置を施し始めてからです。
タイムリープが起きるまでの時間がだんだん延びるようになりました」
後席の三人が固まったまま佐那子の一人語りが続く。
もう円も言葉を挟めない。
車はまだ都内を出ていない。
「その後も何度も何度も時間が巻き戻ってやり直して。
次第に私のパニックもヒートダウンできました。
いつしか、私はタイムリープの発動条件が円さんの死であることを確信しました。
起承転結で考えると起である円さんの熱いベーゼと結である円さんの死だけは毎回変わらなかったのです。
承転については、時を繰り返す度に私が選択する行動によって、数えきれないくらいのパターンが生まれました」
佐那子の行動パターンによっては、森要が照明を落とさないことも多かった。
あるターンでは佐那子が円の手当てをしている最中に森要が舞い戻った。
円がいたぶれられながら殺される様を、喚き散らす他に為す術もないままただ見せつけられたこともあったと言う。
森要を倒して円を救急車に乗せたところで、あるいは病院に搬送したところでタイムリープしたこともあった。
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