第12話 「失敗したらやり直せば良いと思います」とお姉さんは微笑んだ 7


 「単刀直入に結論から申し上げるとですね。

私はタイムリープする人になってしまったのです。

最初は私も自分が精神に異常をきたしたものと思いました。

それはそうでしょ?

私はSFだの漫画だの、お子様向けのヨタ話や娯楽は中学の頃に卒業しちゃってましたからね。

ちらりと頭をよぎった“時をかける少女”の可能性も、馬鹿々々しくてお話にならないって言う事で即脳内却下ですよ。

森要に変な薬を注射されて頭がおかしく成った。

それが、ぼうっとした意識が下してのけた唯一の真っ当で合理的結論でした。

でもね、タイムリープが二度三度やがて百や二百できかなくなればもううんざりですよ?

私はいつしか生物学や物理学に対して不誠実で出鱈目な絵空事にすっかり慣れっこになってしまいました。

私は発狂だろうが現実だろうが最後にはそんなことはどうでもよくなっちゃったんです。

皆さんはまだお子ちゃまなので“超能力”なんていう荒唐無稽な現象が、この世界に本当に実在する異常性を、すぐに受け入れて適応しちゃったみたいですけどね。

私みたいに二十歳を過ぎてご覧なさい。

自分が分別臭い大人になったと自覚しているわけです。

そんな分際の者にとってことはそう簡単にはまいりません。

どうでもよくなるまで、実に長い時間が掛かりました」


 タイムリープができる?

 何百回も体験済み?

 子供と大人の違い?


 ルーシーと雪美は自分達の能力発現の経緯を思い出した。

ふたりは同時に円の手を握りしめ、つぶらと言えなくも無いその瞳を覗き込んだ。

「えっ、僕?

僕、何にも知らないよ?

僕、橘さんと一緒に高い所から落ちたりなんかしてないよ?」

円は全く自信がありませんと言う不安気な表情でふたりの疑惑を否定してみる。

 「まるで時がループしているように何度も何度も。

同じ場面同じ場所に私は舞い戻りました」

「それって・・・もしかしたら。

もしかします?」

円は嫌なことに思い至り、酢を呑んだように口をすぼめた。

「はい。

多分、円さんが今お考えのその“もしかしたら”です」

佐那子はルームミラーでちらりと円の顔色を窺った。

「タイムリープで戻るのは私が円さんの熱いベーゼを受けたあの時!」

「痛ぁーっ。

待って、待って。

橘さん酷いです!

あの必死の救命救急活動のどこをどう曲解したら、ベーゼだなんて言葉が橘さんの口から飛び出すんですか?」

円は左右両側に獣の様な唸り声を聞き、殺気を孕んだ物理攻撃による疼痛に襲われた。

「私がいったい何百回されちゃったと思ってるんですか。

もう、私が円さんに唇を奪われた回数を数えたら、発情したバカップルの何年分に相当することか。

正直なところ貧富貴賤美醜老若を問わずもう一生どのような殿方とも、新鮮な気持ちでお付き合いできる気がしません」

佐那子は口の端に笑いを忍ばせながら、目を潤ませ洟をすすってみせる。

「されちゃったって・・・されちゃったって・・・いったい何を。

百歩譲ったとしても僕が覚えている人工呼吸を伴う救命行動はたった一度きりですよ?

そりゃマウストゥマウスでしたけど・・・

痛い、痛いってば。

橘さん僕に何か恨みでもあるんですかぁ~って、痛い、痛いー」

「恨みつらみならどんな山よりも高くどんな海よりも深く。

私にしてみれば一回されちゃえば百回だろうが二百回だろうが同じことです。

もう他所にはお嫁に行けなくなっちゃったんですから。

円さんとお会いするまで全くその気は無かったのですが、私の父が孫の顔を見る日も近いかもしれません」

両隣から放射される殺気が只ならぬ熱を孕むのが分かる。

「・・・そんな理不尽な」

円の目の前が真っ暗になる。

 「とは言え本当の所、円さんに自覚的加害意識がないことは、私も重々承知しているのですけどね。

タイムリープなんて言えば“時をかける少女”みたいだと皆さんご想像なさってるでしょう?

でもね、私のタイムリープは自由自在と言う訳にはいかなかったんです。

私の場合、自分の意志でタイムリープするのではないんです。

自分の意思とは全く関係なく、勝手にタイムリープしちゃうんですから」

佐那子の口調が突然暗く沈んだものになり、さっきまで輝いていた目の光まで失われた様だった。

 

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