第12話 「失敗したらやり直せば良いと思います」とお姉さんは微笑んだ 4

 「面白いわー。

ヘンリー八世の第一の妻、キャサリン・オブ・アラゴンなら姉さん女房だった訳だし。

私と円さんとの年齢差にも近いし。

雪美さんたらなんてナイスなチョイス」

実験台にカップを置く音が必要以上に大きく聞こえる。

「三人ともいい加減にしてちょうだい。

ひとをさかなによくもまあ恥ずかしげもなく下品な話題で盛り上がれることだこと。

・・・橘さん。

それにしても、どうして貴女がこの場に居らっしゃるのですか?

もうお役目は済んだものと了解していますが」

俗に柳眉を逆立てるという。

たが、ルーシーの眉は怒っている時でも優美な弧を描いて、整った面立ちに一点の瑕疵も与えはしない。

「弊社は毛利様の顧問弁護士事務所と七月いっぱいの契約を交わしております。

既に既定の前料金もお支払いいただいています。

25日締めですので諸経費の精算は後になりますが、解約のお手続きをされていない現状。

弊社といたしましては契約書の細目通りにご依頼を実行する所存でございます」

佐那子はシレッとした表情で来客用のカップをピンク色の唇に運んだ。

「・・・うかつだったわ。

それにしても良く部外者が校内まで入り込めましたね」

「校長先生と教務主任の先生から許可は戴いております」

佐那子はネックストラップでぶら下がる来客と印字された身分証を指さして見せた。

「それに、今日は円さんが退院後初めて登校された日ですよね?

自宅療養中のお勉強会からも締め出されて、今日だって私だけ仲間外れだなんて納得できません!

けれど、こうしてコーヒータイムに間に合ったのはラッキーでした」

佐那子はコーヒーがサーブされここで一服と言う寛ぎタイムの直前に現れた。

彼女は生物室の扉を勢いよくがらりと開けて闖入してきたのだった。

おかげでルーシーは追加のコーヒーを淹れる手間を取ることに成った。

 「橘さんにはどこか盛大な筋違いか勘違いがあるような気がするのですが?」

雪美がおずおずと手を上げて発言する。

「確かに。

橘さんには本当にお世話になっているしある意味、わたくしたちの命を救ってくださった方でもあるわ」

「あのタイミングで橘さんがブレーカーを入れて部屋の明かりがついたのは、正に神業でしたよね。

まるで副調整室でドラマ進行をモニターしながらスイッチングしたみたいに。

早過ぎず遅過ぎずの実に絶妙なタイミングでした」

雪美がポンと手を打つ。

ルーシーは余計な合いの手を入れるなと、雪美に一瞥をくれて先を続ける。

「だけど貴女いつから国府高校生物部の部員にお成りになったのかしら」

「ルーシーさん酷い!

みんなで死地を潜り抜けたと言うのに私だけ仲間じゃないと仰るんですか。

卑しいボディガード風情が自分達と肩を並べるなんておこがましいし、無礼にも程があるって仰るんですね?

私だって、一言では言い尽くせないあんなことやこんなことを潜り抜けて来られたからこそ、皆さんとこうしてご一緒できてると言うのに」

佐那子は俯いて小刻みに震える。

「だ、誰もそのようなことは言っていないです。

佐那子さんはわたくしたちの大事なお友達ですし、頼りに成るおねえさまですよ?」

ルーシーはたちまち自分の言葉に恥じ入り自責の念で涙ぐみそうになる。

「ちょろいな。

ルーさんちょろすぎます。

橘さん。

純心なルーさんをあまりからかわないでください。

ルーさんは信じられないくらい邪(よこしま)なところがあるくせに、神様だって一目置いてるに違いない天使みたいにピュアーな心も併せ持っているんです。

堕天すれば二代目ルシファーにだってなれちゃうくらいの逸材なんですよ」

「へっへー。

ごめんねー。

ねえ、ねえ、円さん。

私は円さんの第三夫人候補ね!」

口喧嘩を始めたルーシーと雪美をよそに、佐那子はまるで子供のようにコロコロと楽しそうな笑い声を上げる。

 三人のトリオ漫才を前にして、呆気に取られた円は言葉もない。



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