第12話 「失敗したらやり直せば良いと思います」とお姉さんは微笑んだ 3

 円は、森要事件による入院騒ぎで期末試験を逃してしまった。

校長と教務主任の温情で追試を許されたのは不幸中の幸いと言える。

高校一年で単位を落とし留年と言うのもシャレにならない。

そのことについては、一同でひとまず胸を撫で下ろしたことだった。

 だが円にとっての好事には魔が多い。

『それでは』とばかりに意見の一致を見たルーシーと雪美である。

ふたりは早速、円が追試で高得点クリヤーを果たせるように策を練った。

即ちブートキャンプの敢行である。

 もちろん円の意志を完全に無視する形であることは言うまでもない。

ブートキャンプである以上、ルーシーと雪美は情け容赦のない鬼軍曹と化した。

一難去ってまた一難とはこのことを言うのだろう。

 円的には『レポートでいいじゃん』と学校側の対処に不満タラタラである。

けれども、追試と決まった以上は真摯にそれと向き合わねばならない。

元来真面目でコンプライアンスの順守に拘るルーシーと雪美である。

ふたりは愛ある責任感と義務感がそうさせるのだと主張してブートキャンプを立案した。

ふたりは双葉の全面的支援を受け、加納家に泊まり込むことまでして円にスパルタ式の学習を強いたのだ。

 ブートキャンプの間、円はほぼ24時間、ルーシーと雪美の監視下に置かれた。

学校での空き時間には、生物室で勉強会が開かれることに決まった。

これもブートキャンプの場外特訓に位置付けられているのは言うまでもない。

こうした鬼軍曹ふたりのやりようには、肝の据わった合衆国海兵隊の志願者であるとしても、暁の脱走を夢見ることだろう。

 円は病み上がりの身でありながら、再び心身ともに極大疲弊するまで追い込まれた。

精神的にも肉体的にもアレだったが、なんだかんだで落ちまくっていた円の学力は飛躍的にアップした。

それは確かなことだ。

 円の口に出来ない心情としては、弱り目に祟り目という案配ではある。

引き換えに、双葉を含めた女性陣はブートキャンプを存分に楽しみ、ここぞとばかりに互いの親睦を深めたことだった。 

 

 「アイスコーヒーの季節ですけどね。

どうして、どうして、この天使のように甘い香りは地獄の様に熱いコーヒーじゃないと満喫できませんよ?

先輩はこのまま女子高生アイドルにしておくには惜しい一流のバリスタですよ」

もう勉強には心底飽き飽きと言う口調で円のおべんちゃらが始まる。

カップの湯気の向こう側で、ルーシーは訝し気に眉根を寄せる。

だが、彼女に先般まできざしていたどこかほの暗い影の様なものは、円と絡めたこともあるのか。

今はきれいさっぱり消え去っている。

「マドカ君ったらなんだか調子こいてますけど。

今度はどんな下心を謀(たばか)りに落とし込んでルーさんに取り入ろうとしてるんですか?」

円のほっぺたに人差し指を押し当てる雪美の顔は『もう何も心配しないで良いのですから、わたくしたちを試すような真似はおやめなさい』と暗に語りかけている。

「ひとを弓削道鏡やラスプーチンみたいな女たらしの悪党と一緒にするなよなミ・シ・マー。

こちとらマリー・アントワネットに忠誠を誓ったハンス・アクセル・フォン・フェルセンの気概なんだぜ?」

「マドカ君ってば、いやらしい!」

雪美が軽く握った両の拳を口元に当てて大きな目を更に大きく見開く。

「えっ、なんで?

どうして?」

「マリー・アントワネットはルイ十六世のお妃ですよ?

と言う事は、フェルセン伯爵は人妻を籠絡して愛人にしたクソ野郎です。

そんな不潔な間男が、まともな殿方であるわけがないじゃないですか。

マドカ君が不倫志願のろくでなしだったなんて。

大ショックです。

それにその設定じゃわたくしの出る幕が無いじゃないですか。

どうしても極悪エロおやじを気取りたいとおっしゃるのならせめて「俺はヘンリー八世だ!」位の根性見せて下さい!」

「・・・それって、不倫よりやばい設定じゃ?」

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